14.帰り際の約束
「おじゃましました」
玄関先で頭を下げる雪に、ナツの父がやわらかな声で応える。
「またいつでも来てくださいね。ナツも喜びますから」
母も笑顔で見送ってくれる。どこか嬉しそうなその顔に、雪は深々と頭を下げた。
ナツと雪は並んで歩き出す。
駅へ向かう道。
昨日の夜も、そして今朝も、笑い合って過ごした時間が、
もう遠くなっていくようで、ナツの胸には早くもぽっかりとした空洞が広がりはじめていた。
「ねえ、駅に着いたらさ……写真撮らない?」
ふと、雪が横顔を向けて提案する。
「写真?」
「うん。ナツとまだ1枚も撮ってなかったなって」
「あ……たしかに」
ナツは思い返す。あれほど笑い合って、食べて、着替えて、触れ合ったのに、不思議と1枚も残していなかった。でも、きっと心には、もう何枚も焼きついている。
「うん。撮りたい」
「よかった」
雪の声が、少しだけ安心したように聞こえる。
沈黙のなか、足音だけが響く。
だんだんと駅が近づいてきた。
電光掲示板がちらちらと見えるたびに、ナツの胸が締めつけられていく。
——もうすぐ、雪さんが帰っちゃう。
気づけば、目の奥がじんわり熱くなっていた。
「うう……」
ぽろりと零れ落ちた涙に、自分でも驚く。
なんとかごまかそうとするけど、うまく言葉が出てこない。
「え、ナツ……? 泣いてるの? 寂しくなっちゃった?」
心配そうに覗き込む雪。
その瞳の優しさに触れて、ナツはますます涙を止められなくなる。
「ごめんなさい……ちょっとだけ……」
「泣かないで。ね? また会えるんだから」
そう言いながら、雪がそっとナツの頬に指を伸ばし、流れた涙をぬぐってくれる。
その指先はやさしくて、あたたかくて、ナツの胸にまで触れてくるようだった。
「泣いたら、せっかくのお化粧が取れちゃうよ。綺麗なままで写真撮らなきゃ」
そう言って、雪が鞄からスマホを取り出す。
「はい、ポーズ」
ナツはぎこちないながらも、涙をこらえて笑顔をつくった。
カメラのシャッター音が響く。たった一瞬の音なのに、心に深く残る。
「かわいい。ナツとの思い出写真、うれしいな」
「あとで、送って」
「もちろん。すぐ送るから」
そのとき、ホームに響く電車接近のメロディが鳴った。
「あ……電車、来たみたい」
胸がまたきゅっと締まる。
ナツが何かを言おうとしたその瞬間、雪がふっと表情をやわらげて、ナツの手を取る。
「ナツ、この二日間、本当に楽しかった。ありがとう」
その言葉のあと、雪はナツの手の甲にそっと唇をあてた。
「……」
声にならない。何か言わなきゃと焦るのに、言葉が出てこない。
「今度は、東京で待ってるからね」
「うん……! きっと行く。絶対、行く!」
絞り出すように、ナツが答える。震える声。でも、その目はまっすぐで、未来を見ていた。
「うん!」
笑顔でうなずくナツに、雪も笑みを返す。
ふたりの笑顔が重なったその瞬間、電車がホームに滑り込んできた。
雪は、何度もナツを振り返りながら、電車の中へと乗り込んでいく。
ドアが閉まり、ゆっくりと走り出す電車。その窓の向こう、雪が笑顔で手を振る。
ナツはそれに、両手いっぱいの気持ちを込めて応えた。
——また、きっと会える。




