93 冒険家としての決断
気になったことを二人で話して歩いていると奇妙な魔力を感じて、思わず足を止めた。
「何なんだろうね、これ」
「ああ、こんなの俺も初めて感じる」
ダンジョン独特の纏わり付くような嫌なものでもない。スイムイ城で感じたのとも違った清らかな魔力だ。
黄金のゼーレたちと一緒に色々な場所に行き、人よりも様々なことを経験していると自負するアッシュであっても初めてのことだ。
「行ってみよっか」
「そうだな」
ここで考えるよりも魔力の近くに行った方がわかるかもしれない。危険は感じられないが、注意はするべきだろう。
魔力の感じる方へ歩くと、海に向かって伸びた岬に魔方陣が浮かんでいた。どうやら魔力はそこから漏れているようだ。
「アッシュ君、これって転移の魔方陣だよね。この前のダンジョンで見たのと同じ」
「ああ。ということは、この先はダンジョンなのか」
ユナの街にダンジョンがあるなど聞いたことがない。もし、あるのならばヌシンが何か言っていただろうし、冒険者を見かけるはずだ。
彼も知らないダンジョンということは、もしかすると未知のものかもしれない。
ダンジョンは発見次第、その土地を管理する領主かギルドに報告するのが、冒険者としての義務だ。
そう、義務なのだ。わかってはいるのだが。
「行かないの、ダンジョンに?」
不思議そうな顔でヒルデが小首を傾げて顔を覗き込んでくる。
「いや、未知のダンジョンは発見次第、報告するのが冒険者の義務なんだ。
報告を受けたギルドが調査したあとに初めて冒険者が入ることが許される。だから、まずギルドに行くべきだ」
報告するよりも誰にも知られていないダンジョンを冒険したいという気持ちを理性で抑えて答えると、彼女はイタズラを思いついた子供のような顔をして尋ねた。
「でも、誰も知らない場所なんだよ。冒険家として、気にならないの?」
アッシュは思わず、顔を手で覆い、しゃがみ込んだ。
「ヒルデ、わざと言ってるんだろう」
恨みのこもった目で見上げると、彼女は舌を出しておどける。
彼が気持ちを抑えて言っているのがわかっていてヒルデはわざと言ったのだ。こんなときに、何も言わなくてもわかる相手と言うのは厄介なのだということを初めて知った。
だが、彼女の言うこともわかる。もし、ここがダンジョンだとすれば、調査に時間が掛かるため、またいつここに入れるかわからないのだ。
冒険家としては未知のものに興味を引かれないはずがない。今、足を踏み出せばすぐにでも行けるのに、調査が終わるまで待てるのかと問われると否としか言えない。
冒険者としては失格かも知れないが、冒険家としての好奇心に勝てるはずがない。
しかも、おあつらえ向きなことに周囲に人の気配はないので入ったとしても誰も気づかないだろう。
日もまだ高いので夜も近いので止めるという言い訳も無意味だ。
「で、どうするの、アッシュ君」
微笑みながら問いかける彼女はいつもと違って、自分よりも年上のようだ。
いや、しゃがみ込んで悩んでいる彼の方が今は子供のように見えるだけだろう。
大きくため息を吐くとゆっくりと立ち上がった。
「行く。行ってから、ヌシンさんに報告すればいいだろう」
未知のダンジョンを発見したとギルドに報告すれば、報酬はもらえるが、調査が終わるまで長期間拘束される上に目立ってしまう。それは、アッシュはもちろんヒルデも望むものではない。
だが、藩主の息子であるヌシンに報告すれば、彼が父である藩主へと伝えてくれる。彼が望んでいた観光名所になり得るものを発見したとなれば、色々と協力してくれるに違いない。
万が一、ギルドが疑問を持ったとしても、そもそもダンジョンの所有権は領主、ここではヌシンの父である藩主のものだ。ギルドはあくまでも領主に代わって管理しているだけなのでその領主が言うことに対して、何も言えないだろう。
「よし、じゃあ、行こか。いざ、未知の場所へ」
ヒルデの言葉に頷き、一緒に魔方陣に乗ると二人の姿はどこかへと消え、波の音だけが残った。




