90 霧に惑う
「スイムイ城はかつてのティーダ王国の王族が住んでいたところで、残念ながら五十一年前の侵略の際に王であるハリユンとその臣下と共に焼失したと言われて、残っているのはこの門だけで、周囲の家も延焼によりなくなってしまったそうです。この霧は焼失した後に突如として現れたらしいです。
侵略後すぐは、城に残る宝を目的としたリセイン侯爵の騎士や冒険者たちが大勢押し寄せたのですが、霧の中では方向もわからず、また、魔物も出るためにユナの街にある冒険者ギルドの管理下となり、冒険者以外立ち入りの場所になってしまいました。今では立ち寄る人もいません。
霧がない場所も皆、気味悪がるので未だに空き地になったままです」
思わぬことに唖然としているとヌシンがアッシュの方を向いた。
「宝のために冒険者が大勢滞在していたときは人目を気にしてか、何もなかったのですが、彼らが引き上げた途端、騎士たちはあのような態度になったらしいです。
アッシュさんはエジルバ王国の人を憎んでいるのかと聞かれましたが、僕たちが今、憎んでいるのはティーダの民を物のように扱い、平然として笑っているリセイン侯爵の騎士たちにです。
あ、もちろん、リセイン侯爵の騎士が悪い人ばかりではないことはわかっています」
「オノコロノ国やリセイン侯爵には訴えているの?」
ヒルデの言葉にヌシンは拳を強く握りしめる。
「藩主である父は何度も訴えていますが、本土は自分たちに被害がないためか、なかなか対処してくれず、リセイン侯爵に至っては我が騎士たちがそのようなことをするはずがないと聞く耳すら持ってもらえません。
せめて、罪を犯した騎士を捕まえ、法で裁こうとしても駐屯所に逃げられれば、こちらは手出しできません。身柄を引き渡すように迫っても、そんなことは知らないと突っぱねられるだけなのです」
オノコロノ国が強く言ってくるようならば、リセイン侯爵としても慌てて何か対処するのだろうが、何を言ってこないのでそのままにしているのだろう。
だが、訴えを無視され、被害が出ているティーダとしては許せるものではない。
「僕は、観光で本土や他の国の人を呼び、ティーダを盛り立てたいんです。騎士たちが人目を気にするのならば、どこにいても観光客の目があるとわかれば、民への暴行もなくなると思うんです。それに、観光で目立ち、外貨を稼ぐことが出来れば、本土の人も無視できなくなるし、そのお金を兵士へまわして数を増やし、鍛えれば、リセイン侯爵の騎士が滞在する理由がなくなる。そう思っているのですが、なかなか上手く行かないのが現状です」
力無く、ヌシンはアッシュたちに微笑みかける。
最初にヌシンが多くの人に観光に来てもらいたいと言ったときは、ティーダを愛する彼だから、広くこの場所の良さを知ってもらいたいだけだと思っていた。
しかし、彼はそれ以上に深い考えがあったのだ。
「上手くいかず、つらいときは、ふっとスイムイ城が残っていればと思ってしまいます。
もし、あれば有名な観光名所になったでしょうし、何より、民の心の支えになったことでしょう」
だが、実際は、スイムイ城は焼け落ち、その跡地は魔物が出るという霧があるだけだ。冒険者としても前が見えない場所に入り、苦労して魔物を狩るよりも、もっと効率のいいところなどいくらでもあるため、わざわざここを目的として来る者はいないだろう。