87 女神の加護
フシヌに案内されて土産物店に入ると見たことがないものばかりが置かれていた。
「この子、可愛い。ワンちゃんかな」
ヒルデが犬のような姿をした置物を指差す。フシヌはそれを見て、笑顔で答えた。
「それはティーダの守り神で、犬ではなく、獅子なんです。よく家の門柱に置かれていますね」
そう言われれば、民家のところに似たようなものが置かれていた。他にはどんなものがあるのかとアッシュが見ているとフシヌの他に人の気配がないことに今更ながら気がついた。
「俺たちの他に人が居ないようですが」
「はい。父が品物の仕入れに行っているので、今日はお休みなんです。
と言っても普段からお客さんはそう多くないんですけどね」
「そうなの?」
ヒルデの言葉に苦笑しながらフシヌは答える。
「ええ。土産物屋なので相手はどうしても観光客になるんですけど、そもそもティーダに観光に来る人自体が少ないんです。ティーダに出る魔物は利益が少ないらしくて、冒険者にしても来る意味がない場所のようです」
確かに、表通りは活気があったが、道行く人はエジルバ王国では見ることのない服装をしていたので皆、ティーダ藩の人間だった。言われてみれば、アッシュたちのように冒険者のような格好をした者は見かけなかった。
「スイムイ城などの観光になるものがあれば違ったのかも知れませんが、居るのはティーダの人間と先ほどのような騎士ばかりです。
あ、そうだ。アッシュさん、これ、ヒルデさんにどうでしょう」
そう言って、フシヌは色とりどりの貝殻が付いた腕輪をアッシュに見せてきた。
「これは?」
「貝はティーダを守る女神からの祝福と言われています。貝から作られる真珠もまた神聖なのもとされています。なので、貝を使った装飾品は女神の加護を賜るとされ、大切な人への贈り物としてティーダでは広く知られています」
よく見ると、フシヌの首に大きな貝殻に真珠のようなものが付いた綺麗なペンダントをしていることに気がついた。
「フシヌさんのそれも大切な人からですか?」
アッシュが聞くと、フシヌはペンダントを触り、頬を赤く染めて頷いた。彼女の父親が贈った物かと思ったが、その様子では違うようだ。
そのとき、店の扉を開ける音がしたので、そちらを見ると、男が一人、店に入って来た。
「フシヌ、来たよ。あれ? 今日って休みじゃなかったかい」
男はアッシュと同じぐらいの年頃で、道を歩く人たちと比べて質のいい服を着ていた。フシヌは彼を見ると、驚いたように口に手を当てる。
「若様!! もう、また一人でこんなところに来たのですか。護衛の方々は?」
怒ったようにフシヌは男に詰め寄るが、彼は困ったように笑うだけだ。
「そう怒らないでよ。大丈夫、あとで謝るよ」
「そういう問題ではありません!!」
「いやぁ、それよりも彼らは誰だい。お客さんじゃないよね」
男の誤魔化すような様子からフシヌは諦めたようにため息を吐き、アッシュたちのことを説明する。
「彼らは私をエジルバ王国の騎士たちから助けてくれたんです。だから――」
フシヌが言い終わる前に男が彼女の肩に手を置き、心配そうな声で尋ねた。
「な、フシヌ、君、大丈夫だったのかい。見たところ怪我はないようだけど」
「え、ええ。ひどいことをされる前に彼らが助けてくれたから、こうして無事です」
フシヌがそう言うと、男はアッシュの方に歩いてきて、手を取って笑顔を向けてきた。
「あ、ありがとう。君たちがフシヌを助けてくれたんだね。
この間、エジルバ王国の騎士に声を掛けられた女性が大怪我を負ってね。それだけじゃなく、ただ恋人と歩いていただけで気に食わないと殴られた男性もいたんだ。フシヌまで怪我を負うようなことがあれば、僕は」
男はうつむき、悔しそうに唇を噛んでいる。その顔は、フシヌを自分が救えなかったことの後悔にしては、少し違うように感じた。
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