86 君だから
「お、ちょうどいいところにエジルバ王国の騎士がいるぞ」
「本当だ。道、教えてもらおうよ」
騎士が何をしようとしているのかわからぬふりをして、手を振って近づいた。
「すみません、道を教えて欲しいんですけど」
笑顔でアッシュが話しかけると男たちは戸惑ったような顔をした。
「あれ。もしかして、お忙しいでしょうか?」
女性の方を見ながらアッシュは、あえてとぼけてみる。すると、男たちは慌てて口を開いた。
「そ、そうなんだよ」
「ああ。この人が、体調が悪いっていうから、これから診療所に送って行こうって、な!!」
男の一人が賛同を得ようと女性を見るが、彼女はアッシュたちの方を向いて首を横に振った。その顔は恐怖で引きつっている。
「あれ? お姉さん、地元の人なのかな?
じゃあ、僕たちが診療所に送って行くから、その代わり、道教えてよ」
ヒルデの言葉に男たちはギョっとした顔をした。
「ああ、それはいいな。
そういう訳で、この人は俺たちが診療所に送るので、騎士様たちは自分たちの仕事に戻ってください」
男たちはお互いの顔を見てどうするか考えるが、自分たちの旗色が悪いことを悟り、舌打ちをして睨み付けた。ヒルデから手を放し、アッシュは笑顔を消して男たちに圧を掛ける。
すると、男たちは顔を青くし、歯をガチガチと鳴らしたかと思うと、足をもつれさせながらこの場を去って行った。
アッシュとしてはそこまでの圧を掛けたつもりはなかったのだが、それぐらいで恐れを抱き、逃げる騎士の程度の低さに呆れた。あれでは、魔物と対峙したときに使い物にならないだろう。
「大丈夫だった?」
ヒルデは女性の方を向き、声を掛けた。女性は彼女の顔を見るとようやく緊張が解けたようで、安心したように笑いかける。
「はい、ありがとうございました。
歩いていたら、突然、壁に抑えつけられて。もうダメかと」
目に溜まった涙を袖口で拭いながら女性は答える。
見たところ怪我もないのでポセンの街で聞いたときのような被害は防ぐことが出来たことに胸を撫で下ろす。
「お礼をしたいのですが、今からどうでしょうか」
どうするという目でヒルデがアッシュを見上げてくる。彼らとしては騎士を追い払っただけで、たいしたことはしていない。
「いえ、表通りに戻る道を教えてくれるだけでいいですよ」
アッシュは断るが、女性は納得いかないようで少し考えるような仕草をして、口を開いた。
「では、私の店に来て休憩されてはいかがでしょう。
あ、申し遅れました。私、土産物屋を営んでおります、フシヌと申します」
ここで断ってもフシヌの気が済まないだろう。ヒルデの方を向くと頷いている。
「休憩ならいいよね。じゃ、案内してくれる? 僕はヒルデ。で、こっちはアッシュ君」
フシヌの方を向き、アッシュは軽く会釈をする。
「はい、もちろんです。ついて来てください」
背を向き、歩くフシヌのあとを彼らもついて歩いているとヒルデが服を引っ張った。
「何だ?」
「ねぇ、何で手、繋いだの?」
訝しむような目でこちらを見てくるヒルデに、そんな目で見られるようなことをした覚えがないアッシュは首を傾げる。
「道に迷った馬鹿なカップルを装った方がアイツらも油断するだろうと思ってな。
まぁ、今思えば、女性役が戦斧を背負ってるヒルデだからな。驚くだろうが、油断するかと言うと難しかったな」
ヒルデは軽い弓は空間魔法を使ってすぐに収納するのにも関わらず、戦斧は頑なに背負うのを止めようとはしない。それをどうこう言うつもりはないが、重くはないのだろうかと最初は思っていたのだが、いつの間にか気にならなくなっており、今ではアッシュにとって戦斧を背負うヒルデの姿が日常になっていたために、うっかりしていたのだ。
彼の言葉を聞くとヒルデは大きく肩を落とした。
「パーティーにいた時もこんなことして勘違いさせたんじゃない?
まぁ、僕だったから良かったけどさ」
「いや、前にも言ったが、俺から触れたことはない。ヒルデだから安心して任せられたんだ」
彼女たちだったなら手を繋ぐなどしようとも思わなかっただろう。ヒルデだからこそ、ためらいなく出来たのだ。
「それって、僕を信じてるから?」
「? 当たり前だろう」
アッシュが当然だという顔で答えると機嫌が治ったらしく、こちらの方を振り返り、ヒルデは微笑んだ。
「僕だから、ね。じゃ、許してあげるよ」
何が許されたのかわからない彼の疑問は解消されず、ただ二人のあとに続いて歩いた。




