83 研究者
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいッス、ゾインの兄貴」
「これが落ち着いていられるか。何度こいつの勝手で俺らが死にかけたか、お前も知ってんだろう!!」
「いや、確かにそうッスけど」
「――った」
ゾインに捕まれたままのリツハルトは小さな声で呟く。良く聞こえなかったザグが彼に聞き返した。
「え? 何て言ったんッスか、リツハルトさん」
「…すまなかったとそう言っている」
少しうつむいたリツハルトはいつものように眉間にシワを寄せていたが、後悔しているようにその眉は下がっている。
「フィールドワークに夢中になっている時はそれ以外何も見えないというのは自覚していたが、ここまでお前たちに迷惑を掛けるとは思っていなかった。
お前たちが私のやらかしをフォローしてくれているのに、いつの間にか甘えていた」
リツハルトの見たことのない様子に驚いたゾインは思わず掴んでいた手を離すと、彼はそのまま二人に頭を下げる。
「本当に、すまなかった」
「あ、頭上げてくださいッス、リツハルトさん。ほら、兄貴からも何か言ってください」
ザグが慌ててゾインを見るが、彼は何を言っていいかわからず、口を開けたり閉じたりを繰り返す。
「うぅ~ん。あれ、僕、どうしてたんだっけ」
暢気なドンチョの声がしたので、ザグたちは下を向いた。そこにはうっすらと目を開けてぼんやりとした状態のドンチョが彼らを見上げていた。
「あ、そうだ。岩で吹き飛ばされたんだ、僕。あれ、ザグ、どうしたの?」
「ドンチョ~!!」
ザグは感極まってドンチョに抱きついた。状況がわからない彼はそのままザグを受け止める。ゾインはザグのように抱きつきはしないが、その目には涙が光る。
それを知られないように袖で目をこすり、先ほど疑問に思っていたことをリツハルトに聞いた。
「あ、そうだ、リツハルト。お前さっきフィールドワークって言ったよな。
何なんだよ、それ」
リツハルトが答える前に追いついたアッシュが答える。
「リツハルト・イソート様ですよね。研究一家で有名なイソート男爵家の長男で、魔物と人間の共存をテーマに研究している」
「ああ。よく知っているな、お前」
関心したような目でリツハルトはアッシュを見る。否定しない彼にアッシュの言うことが本当だと理解したゾインは声を上げる。
「はぁぁ!? お前が、貴族!?」
「しゃべり方や態度からただの平民じゃないのはわかってたッスが、お貴族様!?」
リツハルトが貴族ということが、まだ認められないゾインが疑問を口にした。
「いや、いや、貴族だとしたら、何で冒険者なんてやってんだ。貴族で腕に覚えがあるのなら、騎士になるだろう、普通」
「そこの彼が先ほど言っただろう。私は魔物と人間の共存がテーマの研究者だ。
騎士では規律や訓練で自由に研究など出来ない。その点、冒険者ならば、行動は自己責任で、依頼を通して平民の魔物に関する悩みを知ることができるので都合が良かったのだ」
予想もしていなかったことにゾインたちはただ呆気に取られ、言葉にならないようだ。
倒れていたドンチョが体を起こし、アッシュに顔を向ける。
「アッシュさんはいつ気がついたの? リツハルトさんのこと」
「巣から落ちていたクレバーホークを自ら育てたと聞いたときから、そうじゃないかなと思っていました」
魔物などの自然と人間の共存というのは刀の先生であるシゲルの出身であるオノコロノ国では一般的な考えであり、その教えを受けたアッシュもそうあるべきだと思っている。
しかし、他の国では魔物は全て倒すべきものだという考えのほうが当たり前であるにも関わらず、魔物と人間の共存をテーマに研究していると聞き、アッシュは興味を引かれたのだ。