77 知らない光景
「とはいえ、もう、僕はあの国と関わりたくない。余計なことしてアイツらに見つかって、連れ戻されでもしたら、絶対に面倒なことになるに決まってるもん。
まぁ、あり得ないとは思うけど」
しゃがみ込んでため息を吐く彼女を尻目にアッシュは立ち上がり、頷く。
「なるほど。こうしてヒルデと話してわかった。俺たちなんか似てるんだな」
自分が見たことがない世界に憧れ、周りの理解は得られているのにも関わらず、自分ではどうしようもない力で抑えつけられる。しかし、それでも希望を失わず、束縛を抜け、自由になっていると言うところは似ていると言える。
自分が経験したことだからヒルデはアッシュのこと理解し、欲しい言葉をくれるのだろう。
与えられてばかりではなく、彼女にも何か返したいと思うが、今は何も思い浮かばない。
だが、一つだけ言えることがある。
「ヒルデがそいつらに連れ戻されても、俺が必ず助けに行くから」
ヒルデはアッシュの方へ顔を向け、目を瞬かせると、いつものように無邪気に笑う。
「アッシュ君が助けてくれるって言うんなら囚われのお姫様もいいかもね」
「まぁ、ヒルデが大人しく捕まってるわけないだろうけどな」
「その通りだけど、ひどいよぉ」
ヒルデは立ち上がってアッシュをポカポカと叩くが、彼女が本気で叩いている訳ではないことはわかっているので、気にせず、採取した薬草を確認する。
自分と似ていると無意識に感じ取ったから、最初に彼女に会ったときにどこかで会ったように感じたのだろうか。
いや、何故かはわからないが、それは違うとハッキリと言える。
そう思ったアッシュの脳裏に知らない光景が過ぎった。
女性が何かを手にしている。彼女の顔は不自然に影が差しており、どんな表情をしているかわからない。
『――すれば、夢を叶えられるかもしれない。どうする?』
彼女はこちらに向かって何かを言っているが、上手く聞き取れない。
「アッシュ君?」
反応のないアッシュを心配してヒルデが顔を覗き込んでいた。
「どうしたの。体調悪い?」
アッシュは何も言わず、じっとヒルデの顔を見返し、首を振った。
「いや、悪い。考え事してた」
あれは何だったのだろうとアッシュは考えるが、答えは出なかった。
まだ、雨も降りそうにないので森の方へ足を伸ばそうかとしたときに魔物の気配を感じた。強い魔物ではないが、数が多いようだ。ヒルデも気配に気がつき、アッシュと同じ方向を見ている。
「どうする、アッシュ君」
「状況がわからないからな、迂闊に動かない方がいい。だが、いつでも戦えるように構えよう」
採取だけのつもりだったので仮面を着けていない。どうすべきかとアッシュが悩んでいたときに森から大量のフールピジョンが何かから逃げるように飛び出してきた。
逃げるフールピジョンを一匹のクレバーホークが追いかけ、アッシュたちがいるのとは違う場所に飛んでいってしまった。
その様子にアッシュたちは驚き、ただ見ていることしか出来なかった。
「あの子、ポチだよね。昨日、驕ってくれた冒険者さんたちと一緒にいた子」
「おそらく、そうだろうな」
魔物の区別はアッシュにはつかないが、クレバーホークがそう何匹もいるわけがないのでポチと呼ばれていた個体である可能性が高いだろう。
「でも、あの子、何してるんだろうね」
ポチが飛んでいった場所を見るとフールピジョンが野原の向こうにある畑の方へ飛ぼうとするとポチが威嚇してそちらへ行かないようにしているようだ。
クレバーホークはフールピジョンの天敵だ。姿を見るだけでフールピジョンは逃げるように飛び回り、逃げ遅れたものは捕食されると言われている。
愚かだと言われるフールピジョンだが、クレバーホークが危険だということは本能的に知っているらしい。
だが、クレバーホークがあのように意思を持ってフールピジョンの行く手を塞ぐなど聞いたことがない。おそらく、主人であるリツハルトの指示なのだろうが、アッシュたちにはその意図がわからない。
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