72 リセイン侯爵領の騎士
「何あれ。最低なこと言ってんのに何が面白いんだか。
しかも、騎士でしょ、アイツら。犯罪を取り締まる側の人間が人殺しを笑って肯定してるってことだよね」
「同じエジルバ王国の民として恥ずかしい限りだな。斬られた女性が無事ならいいが」
こんな時、ただの冒険者でしかないアッシュは被害者の女性の無事を祈ることしかできない。ヒルデの方を向くと見たこともない冷たい目で男たちを睨んでいる。同じ女性が軽んじられ、理不尽な目にあったということもあり、アッシュよりも彼女の方が不愉快だろう。
「ティーダ藩を占領していたこともあって、ここはそういう考えが根深いんだろうな。
しかも、ポセンは規則を破った騎士が飛ばされる場所らしい」
「規則も守れないような奴が騎士って。それを再教育しないで、ここに飛ばすだけって侯爵の考えも大概だよね。ポセンの街全体も何か嫌な感じだし」
「そもそも、侯爵の目が届いていないから、あんな輩が恥ずかしげもなく自分は騎士だ、なんて威張っていられるんだろうな」
ポセンの街に着いたときから雰囲気が悪いと思っていたが、治安を守るはずの騎士があの調子なのだ。あの様子では騎士としての仕事もちゃんとしているとは思えない。
騎士はその貴族の鏡のような存在だ。領地を守る大切な兵士であり、一番人の目に映り、評価される存在であるため、誇りがある貴族ほど騎士の教育の高さが窺える。
そもそも領地の治安を守り、魔物の討伐などの災害時に活動するのが騎士だ。規則も守れない者が魔物を前にして領民のために戦うとは思えない。そのような者が多ければ、領地が荒れるのは考えなくともわかることだろう。
なので、何か事情がない限り騎士の教育に力を入れているのが普通である。
しかし、先ほどの低俗な者たちがリセイン侯爵の騎士なのだ。
先々代のリセイン侯爵は五十一年前に国王の命により処刑され、親戚筋から選ばれた今の当主一族に代わった。突然の当主交代により、引き継ぎ作業などが上手く行かずにリセイン侯爵領は荒れたらしいとは聞いていたが、五十一年も経っているので立ち直っているだろうと思っていた。
だが、ポセンの街の雰囲気の悪さや騎士の教育の低さからしても、侯爵の手腕が上手くいっているとは思えない。
しかも、オノコロノ国の怒りを静めるために先々代リセイン侯爵が処刑されたにも関わらず、オノコロノ国であるティーダ藩の民を騎士が見下していることからも、本当にティーダ藩が危機に陥ったときに彼らが力を貸すとは思えない。
不快な気持ちを抑え、まだ休むには早いので二人で何か出来る依頼はないか見ることに決め、ギルドへ向かう。連絡船の受付の職員に聞いた道を歩くと大きな建物が見えてきた。
扉を開くと、依頼を終えたのであろう冒険者数人が受付や併設された酒場の椅子に座っている。
周りを見渡し、依頼書が張られた掲示板を見つけてその方向に歩く。めぼしいものはもうなく、あるのは長い間放って置かれ、色あせたものばかりだ。
「まあ、夕方近いから何もないな」
「アキュートディアの討伐とかあるけど」
ヒルデが指している依頼書を読むとアキュートディアの討伐とあった。アキュートディアは畑を荒らすのでよく討伐の依頼がある魔物だ。
「いや、アキュートディアは警戒心が強いから、なかなか姿を現さない。罠を仕掛けたとしても数日で掛かってくれるとは思えない」
そうかと言ってヒルデは納得し、他の依頼書を見る。アッシュも何かないかと見るが、他は薬草の採取やフールピジョンの討伐などがあった。薬草の採取は今から行ったのでは暗くなり手元が見えなくなるので却下だ。フールピジョンは鳥なのでやるとしたらヒルデの弓で討伐することになるが、同じく暗くなると正確に射ることができないのでこれも却下。
何か他にないかと依頼書を眺めていたアッシュの横から不意に手が伸びた。
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