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キース①

「この依頼も受けないとはどういうことだね、キース君」


 顔を真っ赤にしてマテオはキースを睨み付ける。それに対し、キースは何でもないかのように平然とマテオの言葉を聞く。


「彼女たちの精神状態からB級の魔物も難しいのにそれ以上の魔物なんて無理ですよ。

 僕も死にたくないのでね、お断りします」


 執務室の机を叩き、苛立ちをぶつけるかのようにマテオはキースを責める。


「あのE級が抜けたぐらいで何故そのようになるのだね」


 マテオは前々からアッシュのような弱く情けない男がアメリアたちに頼られ、いつまでもパーティにいることに我慢ならなかった。

 しかし、自分の評価を気にする彼としては表立っては動けなかった。


 そこで、アッシュに関する悪い噂をティオルの冒険者を煽って広げ、それを信じたアメリアたちが彼を軽蔑し、脱退させるように画策したのだ。彼を妬む冒険者は嬉々として、それ以外の冒険者は面白がって噂を広げた。彼女たちの耳にも入ったはずだが、頑なにアッシュを手放そうとしなかった。


 マテオとしては役に立たない男が抜けただけで、何故彼女たちの精神に影響が出るのかわからないのだ。


「そもそも、君たちのツメが甘いから、まだら色のブラックウルフを取り逃がしたんじゃないか。しかも、その尻ぬぐいをあのブランクがしたなど屈辱ではないのかね」


「確かに、取り逃がしたことは申し訳ないと思っています。ですが、この依頼はお受けできません。その代わり他の出来る依頼を熟すので、怒りを収めてください」


『四本の白きバラ』が取り逃がしたまだら色のブラックウルフをブランクが討伐したと聞いてからマテオはキースたちに以前よりも大きな成果をあげるように迫り、今のように無理な依頼を押しつけようとしてくる。


「そんなことは当たり前だよ。それよりも精神的な問題で討伐できないなど些か軟弱ではないかね。キース君がそうやって甘やかすから彼女たちも甘えるんじゃないか」


「…チッ、このタコ野郎が」


 キースはマテオに聞こえないようにボソッと呟く。


「? 何か言ったかね」


「いいえ。何も言ってないですよ」


 マテオに笑顔でキースは返事をし、その後もマテオはキースに色々愚痴を言っていたが、彼は終始聞き流した。


「もういい。出て行きたまえ」


 キースに不満をぶつけて満足したのだろう。退室の許可が出たのでキースは礼をして、執務室を後にした。ギルドから出るともう日は暮れかけている。

 ギルドマスターの執務室の窓を睨み付け、キースは拠点である屋敷へと歩を進めた。



 屋敷ではアメリアと彼女よりも小さな少年がキースを出迎えた。彼はアッシュの代わりに新しく雇ったポーターであるミックだ。

 彼は優秀なポーターであり、アッシュが抜けてからあまり冒険者として活動出来ていないアメリアたちに文句も言わず、自分なりに支えようと努力してくれている。


「キースさん、お帰りなさい」


「お帰り、キース。マテオさんの用ってやっぱり」


「ああ、また無茶な依頼を受けるように言われたよ。安心して、断ってきたから」


 アメリアの頬に触れながらキースは答える。しかし、キースの言葉を聞いてもアメリアの顔は暗いままだ。


「ごめんなさい」


「いいよ、気にしないで」


 アッシュが脱退してから、アメリアとミントは時折落ち込むようになり、以前のように集中して魔物討伐が出来なくなっていた。格下の魔物ならばいいが、それ以上だと命に関わる。


 冒険者も人間だ。調子が悪いときに無理をしても実力を出せないだけではなく、時には格下の魔物であろうと命の危機に陥ると言うことなど考えなくともわかると思うが、マテオはそうとは思っていないようだ。

 キースが説明しても理解しようとしない。彼にとってアメリアたちは自分の都合のいい駒としか見ていない。その駒が意思を、感情を持っているなど思っていないのだ。


「君たちは長い間彼と一緒にいたんだ。落ち込むのも無理はないよ。

 それより、顔色がまだ良くないね。部屋でゆっくり休んで」


 責任を感じて暗い顔をしているアメリアをキースは心配して気遣った。キースの気遣いがわかった彼女は渋々頷き、自分の部屋の方に歩いて行った。


「俺、前のポーターさんのこと知らないですけど、皆さんが頼りにするほどすごい人だったんですね。そうじゃなかったら、あんなに落ち込みませんもんね」


「そう、だね」


 ミックの言葉でキースは脳裏にブラックウルフに向かって走るアッシュの背中を思い出し、知らずに拳を強く握った。


「ポーターとしての仕事のやり方や今までやったことが全部、丁寧に紙に書いてあったから、引き継ぎ作業も問題なく出来てますし」


「…ごめん、ミック君。僕もギルドマスターの相手をして疲れてるんだ。

 急な用事がなければ、休んでもいいかな」


 キースの疲れたような笑顔にミックは慌てて頭を下げた。


「あ、すみません。俺、キースさんのこと考えずに。ゆっくり休んでください」


 ミックに手を振り、キースはうつむきながら自分の部屋に戻った。

 扉を背にしてだらしなくしゃがみ込み、彼は頭を抱える。


 アメリアたちを寝取られたにも関わらず、平然としている態度が以前から気に食わなかったが、あの日、ブラックウルフを前にしても怖じ気づくことのなかったあの背中を見てから、アッシュを前にするとどうしようもなくイライラした。

 彼が消えればそれもなくなると思い、最後に泣いてすがる姿でも見れば溜飲も下がると考え、脱退を迫った。

 多少強引だったが、追い出すことは上手く行った。


 しかし、パーティー脱退を迫られてもアッシュはキースの望むような姿は見せず、揺るぎない意思を持ってこちらを真っ直ぐに見てきた。あの瞳がまぶたに焼き付いて離れない。

 それを思い出すたびに、自分は彼と違って信念も何もない空っぽの人間だということを嫌でも自覚させられる。


「どうすればよかったんだ」


 キースの問いに誰も答えてはくれなかった。








閑話の最初はキースの事情になります。

彼は何を思い、アッシュを追放したのかが、わかるかと思います。

主人公組しか興味ないと言う方は第二部開始まで今しばらくお待ちください。


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― 新着の感想 ―
正直、アメリアには同情もなにもできんな。 アッシュの方が気が無くて、寛容な心もちだったとしても、物語的には暴力で脅して強制してたことは変わりない。なのに、心変わりして他の男に走ったってのは、どうあがい…
こっちの状況も同じくらい気になりますね。 キースにどんな思惑があってもアッシュが気にしてなくても、 やってる事はクズで救われてほしくないのでどんどん痛い目見て、 後悔で最後を迎えてほしいのが正直なとこ…
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