68 並び歩く
「外、出るか」
アッシュの言葉にヒルデは頷き、彼の後を着いていく。彼らが歩を進めると地底湖の水面に波紋が広がり、小島までの道が姿を現した。その道を二人は並んで歩く。
小島まで着くと転移の魔方陣と緑の宝石が埋め込まれたアッシュと同じぐらい大きい岩が立っていた。
「これは?」
「ダンジョンコアが埋め込まれたモノリスだな。コアが緑になっているならもう安心だろう」
ダンジョンコアが暴走をしているときは赤く点滅するのだ。しかし、今は緑なので安定している。まだ、赤ならば取り外し、ギルドに提出するのだが、それは必要なさそうだ。
二人で一緒に魔方陣に乗ると光が強くなり、浮遊感があると思ったら、いつも間にかダンジョンがあった森に移動していた。後ろにはダンジョンの入り口である洞窟がある。
無事に外に出ることが出来たようだ。
人がこちらに来る気配を感じてアッシュは仮面を着けた。姿を現したのはブロディだった。
周囲に人の気配はないので安心して話すことが出来るだろう。
「ご無事で安心しました、ブランク殿」
「いえ、それよりもこれを」
ペンダントから家宝の剣を取り出し、ブロディに渡した。ブロディは確認すると自分の魔法鞄にしまい、アッシュに礼をした。
「感謝します。貴殿がいなければどうなっていたことか」
「あと、これもね」
ガチャガチャと音を立てながらヒルデは空間から武器を取り出し、積み上げる。その武器の量にブロディも顔を引きつらせている。
「まさかこれほどの量とは」
「申し訳ないですが、頼めますか」
ブロディはアッシュの方を向いて頷き、先ほどの魔法鞄に詰め込む。全てを詰め込むと再びアッシュの方へ顔を向けた。
「主から礼をしたいので屋敷に招待するようにと言われています。近くに馬車を停めていますが、どうでしょう」
ブロディの言葉にアッシュは首を振った。
「ミバルに来る前にも言いましたが、私と一緒にいるところをあまり見られない方がいいでしょう。伯爵様にはよろしくお伝えください」
貴族の屋敷で礼など堅苦しいことは好きではない。それに、伯爵は悪い人間ではないが、貴族だ。貴族ならば家のためにアッシュを取り込もうとするかもしれない。
せっかく自由になったのにまた縛られるなんてごめんだ。
ブロディはまるで最初からアッシュがそういうことがわかっていたようにため息を吐いた。
「おそらくブランク殿は断るだろうとジョージ殿が言っていました。断るのなら諦めるようにと主に頼んでいました」
ブロディの諦めたような顔から、伯爵も了承したのだろう。彼はもう一度礼をすると森の方へ歩き、姿を消した。
「ミバルは無理だから、他のギルドに倒した魔物を出して買い取り金は二等分しようと思ってるんだが、どうだ?」
仮面を外し、アッシュはヒルデに聞いた。ミバルのギルドは混乱しているだろうから、処理に時間が掛かることは想像できる。ルノアのギルドならジョージもいるので話は早いだろうが、伯爵の招待を断った手前、行きにくい。ならば、関係のないギルドを利用するしかないだろう。
そこで買い取り金を分けたら、ヒルデとも別れなければならない。そう考えると、『黄金のゼーレ』と別れたときとは違い、長年の友との永遠の別れのような寂しさを感じる。
彼女と共に過ごした時間はわずかだったが、それだけヒルデの存在がアッシュの中で大きくなっていたのだ。
「そんなに急ぐことないんじゃない? それとも、僕、邪魔?」
「邪魔なわけないだろう。だが、ヒルデだって目的があって旅してるんだろう?」
別れによる寂しさを抑えてアッシュが聞いているのにヒルデは何も変わらないように彼に話しかける。そう感じているのはアッシュだけなのかと思ってしまう。
そんなアッシュのことなど気づいていないかのようにヒルデは笑いながら、彼を見上げる。
「僕さ、探してるものがあるんだ」
「探してるもの?」
ヒルデはいつもと変わらぬ無邪気な笑みをアッシュに向ける。
「アッシュ君と一緒なら、見つけられる気がするんだ。
それに、このまま、君とさよならなんて寂しいよ。アッシュ君も、でしょ?」
アッシュがヒルデとの別れを寂しく思っていることなど、彼女にはお見通しだったらしい。
泣き顔といい、彼女には恥ずかしいところばかり見られている気がする。
だが、彼女ならそんなアッシュの情けないところも笑って受け入れてくれると思う。
「…俺は刀を打ってくれた職人に会いにオノコロノ国に行きたいと思ってるんだが、どうする?」
「お、いいね。行こうよ、一緒にさ」
無邪気に笑いかけるヒルデの頭を少し乱暴に撫でるとアッシュは歩き出した。髪がぼさぼさになったと文句を言いながらもヒルデは彼と並び、一緒に歩く。
のちにミバルの街は初心者冒険者の街として発展を遂げる。その成功にはシヴァン伯爵の助力もあり、彼の近くには次期伯爵である次男の姿があった。
本来の後継者であったシヴァン伯爵の三男はある日、病に罹り、命を落としたそうだ。彼を産んだ母親である第二婦人も彼の死に心を痛めて後を追うように亡くなったらしい。
そんな話をあとから聞いたアッシュは思った。
ジョージの言う通りシヴァン伯爵はまともで真面目な貴族だったのだと。
これにて第一部終了です。
このあと、閑話を数話挟んで、第二部を始めたいと思います。
ここまで読んでくださった皆様に感謝致します。よろしければ引き続きお付き合いのほど、お願いします。




