65 頼む
「で、僕は何をしたらいいの?」
「え?」
「何か案があるんでしょ。それをするために僕は何をしたらいい?」
「…失敗して、ヒルデさんも死ぬかもしれないぞ」
アッシュの言葉にヒルデはただ微笑む。それはあの時と同じ、大人の女性の笑みだ。
「アッシュ君はさ、一人で背負いすぎだよ。君を信じると決めたのは僕自身。
だから、僕が決めたことまで君が責任を感じることなんてないよ」
「だが」
「ねぇ、アッシュ君、信じてくれるっていうのなら、僕を頼ってよ」
アッシュは思わず下を向く。思えば、アメリアたちとパーティーを組んでいるときもアッシュは一人だった。
別れが来るのがわかっていたのでアッシュは常に線を引いて彼女たちと距離を置いていた。
そうしなければ、彼女たちに、いつか流され、意思も志も何もない、何も感じない彼女たちの都合のいい人形となってしまうという恐怖があったのだ。
しかし、それだけではない。アッシュを信じると言っていた彼女たちを自分は心から信じていなかった。人となりだけではなく、冒険者としての彼女たちさえも。
だから、戦わないのならば自分に出来ることは何かと考え、誰にも相談せず、一人で行動していた。パーティーを組んでいるにも関わらず。
今も同じだ。信じると言ったヒルデを無意識に彼女たちと同じように見ていた。ヒルデは彼女たちと違い、アッシュを理解しようとし、彼も知らなかった心の声に気がついてくれた。
そんな彼女を本当の意味で信じていなかった自分を恥じる。ためらうアッシュに気がつき、頼れと言って背中を押してくれる彼女に応えたい。
「アイツをあそこに留めて、岩を落とさないようにしてくれ、頼む」
「よ~し、任された!!」
目の前のシーフモンキーを倒し、アッシュはレセトンベモンキーのもとに走った。
そのアッシュを邪魔するようにシーフモンキーが立ちふさがろうとするが、ヒルデが戦斧を振って蹴散らす。
「アッシュ君に任されたからね。行かせないよ」
片手でつらら石にぶら下がっていたレセトンベモンキーは自分に近づくアッシュに気がつき、岩を落とそうとつらら石を両手で掴もうとした。
アッシュは取り出したボールを地面に向かって投げつける。投げられたボールは壊れると、白い煙を出し、アッシュの姿を隠す。レセトンベモンキーは突然の煙で混乱し、アッシュを見失ってしまった。
レセトンベモンキーの背後に来たアッシュは根が付いた植物を辺りにばらまいた。
「――植物よ」
アッシュが魔法を使うと植物が急成長し、周囲に青々とした竹林が広がった。
魔法を使うことで手持ちの植物を成長させることが出来る。
しかし、ダンジョン、それも植物が生えにくい鍾乳洞の地面に植物の根を張るため、あまり時間は持たないだろう。
竹の一つにアッシュは飛び乗る。竹は彼の体重でしなるが、折れることはなく、元に戻ろうと動くので、その反動を利用して次の竹へと飛び移る。焦ることなく、それを繰り返し、上へ上へと登って行く。
アッシュを見失ったレセトンベモンキーはもう一度、岩を落とそうとした。どこに居ようとも、ここ全体に岩を落とせば攻撃出来ると考えたからだ。つらら石を両手で掴もうとするとヒルデがレセトンベモンキーの方に走ってきたのが見えた。
「させないよ」
ヒルデは弓を構え、レセトンベモンキーに向かって次々と放った。レセトンベモンキーは腕を振り払うことで矢を落とし、鬱陶しそうにヒルデを見る。
「残念。僕が狙ってたのは君じゃないよ」
ヒビが入る音が上からする。思わず上を確認すると、レセトンベモンキーが掴んでいるつらら石にヒビができていた。ヒビが入ったつらら石はレセトンベモンキーの体重を支えきれずに壊れ、落ちそうになったが、腕を伸ばし近くのつらら石を片手で掴もうとすると矢が飛んできた。
腕で矢を振り払い、何とかつらら石を掴むことができた。
近くのつらら石をもう片方の手で掴もうとするとヒルデが矢を放ち、そのつらら石を壊してしまう。
「つらら石を落とすときは片手で掴んでたけど、岩を落とすときは両手でつらら石を握ってたよね、君。
つまり、岩を落とすためには両手でつらら石を握る必要があるってことだよね。
絶対にさせないよ。アッシュ君に頼まれたからね」
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