62 矢に背を向ける
日課である朝の稽古を終えたアッシュはヒルデを呼ぼうと彼女のテントを向くと、眠い目をこすりながらこっちへ来ているところだった。
「よく眠れたか」
森の中のように見えても、ここはダンジョンという非日常の空間だ。世界を旅するダールエルフであろうともダンジョンは初めてだとヒルデは言っていた。
眠れなくても無理はないと思い、声を掛けたのだが、顔を見ると心配いらないようだ。
「ん、問題ないよ。いつでもいける、いける」
「それなら良かった。ここを片付けたらすぐに最下層にいくぞ」
「よし、行くぞ。おお!!」
アッシュの言葉にヒルデは拳を空に突き上げ、元気よく返事をする。ダンジョンという異質な中で彼女の声はよく響いた。
すぐに二人は最下層の階段を目指す。階段はすぐ近くにあり、その間、魔物に出会うことはなかった。
階段はここまで利用してきたものと違い、岩が崩れたことで開いた洞窟のような穴に階段がつけられている。暗いので足下に気をつけ、壁伝いにゆっくりと階段を下る。
壁は湿っていて、ヒヤリと冷たい。さきほどまで森だったのが嘘のようだ。
階段を下りきると空間が広がり、目の前に大きな扉があった。
「ここを入ると戦闘になるが、覚悟はいいか」
「いつでもいけるよ、行こ」
アッシュが重い扉を開けると、そこは鍾乳洞のなかのように天井から尖った岩が出っ張る、つらら石が連なり、そこから水が滴り落ちることで鍾乳石ができる。歩くと足音が響くかのように天井が高く、暗い空間だった。
警戒しながら中央辺りまで進むと音もなく、シーフモンキーたちが現れた。
数は二十、いや大きな鍾乳石に隠れているのも合わせるとそれ以上いる。シーフモンキーたちはそれぞれ剣や槍などの武器を手にしていた。あれが、冒険者たちから奪った武器だろう。
見たところ家宝の剣を持った者はいないようだ。
アッシュたちは武器をシーフモンキーに向かって構える。武器を向けられてもシーフモンキーは動揺する素振りも見えない。あまり強くない魔物らしいが、少なくとも今はそう見えない。
やはり、シーフモンキーもダンジョンコアの暴走の影響を受けて、強化されているようだ。
剣を持ったシーフモンキーがアッシュに斬り掛かってきた。アッシュは刀で受け止めるが、そこに槍を持った別の者が襲いかかる。
剣を持ったシーフモンキーの剣をはじき返すと、アッシュは後ろに躱した。
シーフモンキーが剣や槍を扱う姿は様になっている。連携して攻撃してくることからもダンジョンを訪れる冒険者を観察することで身につけた技術なのだろう。練度は高く、並の冒険者ならば苦戦するかもしれない。
下がったアッシュの代わりにヒルデが前に出る。
「よ~し、いっくよ。アッシュ君は前に出ないでね」
言うや否やヒルデは戦斧を大きく横に振る。その一振りでアッシュを倒そうと集まってきていたシーフモンキーたちを薙ぎ倒した。
戦斧は広範囲を攻撃するので味方が密集している場所や狭い場所では不利だが、あまり技術を必要とせず、その重さにまかせて振ることで敵を倒す武器だ。
ヒルデの戦斧も重量がありそうだが、彼女はその重さに振り回されることなく戦斧を扱っている。
仲間を倒され、シーフモンキーは少し怯んだようだが、逃げようとせず、ヒルデに襲いかかる。
「よし、もういっちょ」
ヒルデはそれを気にすることなく同じように大きく戦斧を振る。シーフモンキーはそれぞれの武器で攻撃を受け止めようとしたが、ヒルデの戦斧は防御をしようが関係なく、シーフモンキーたちを倒す。
見事なものだと関心していると、彼女に向かって矢が放たれた。ヒルデは気がついていないように矢に背を向け続けている。
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