61 刃の曇りは心の曇り
作っていた料理ができ、ヒルデと分け合う。彼女が出した椅子に腰掛け、アッシュは食事を前に手を合わせる。
「いただきます」
手を合わせるアッシュにヒルデは不思議そうな顔をした。
「クマや蛇のときも思ってたけど、何で手を合わせるの?」
「オノコロノ国の習慣なんだが、知らないのか」
ダークエルフなら色々な国に行ってその国の文化などに触れているはずだ。他の人間よりは知る機会があると思っていたので、アッシュは驚いた。
「僕さ、生まれてからずっと一つの国に居たんだ。他のダークエルフみたいに色々行ってみたかったんだけど事情があってね。この前にようやく国を出ることが出来たんだ。
あ、弓や斧とか野営の仕方なんかは両親から教えてもらってたから、旅するのに苦労はしなかったけどね」
「あぁ、だから、ダンジョンも初めてなのか」
ダンジョンといえばと思い出したアッシュは気になっていたことを聞いた。
「ヒルデさんがダンジョンについて聞いたとき、ここの最下層にでるのはシーフモンキーだけだと言っていたのか?」
「うん。弱いけど数が多いから諦めたって言ってた」
「モンスターハウスのことについては、何か言ってなかったか?」
「モンスターハウス? いや、そんなこと言ってなかったよ」
初心者狩りの冒険者が何も警戒することなくダンジョンを入っていったことから、低ランクの魔物しか出現しないダンジョンなのだろう。最下層のボスがシーフモンキーであることからも間違いない。
しかし、自分たちに襲いかかった魔物や倒した魔物はいずれも手強かった。
やはり、長い間放置され、魔物が間引かれなかった結果、ダンジョンコアが暴走し、出現する魔物に変化が起きている。モンスターハウスもその影響で出来たのだ。
「もしかしたら、最下層はもっと強い魔物が出るかも知れない。それか、シーフモンキーが強くなっているかもしれない」
ここまで強い魔物が出てきたのだ。最下層にいるのがシーフモンキーだけであるはずがない。そうであったとしてもダンジョンコアの影響で考えられないほど強くなっている可能性もある。
だが、最下層にいる魔物を倒せば、ダンジョンの暴走も落ち着き、もとのダンジョンに戻るだろう。
「大丈夫じゃない? 僕とアッシュ君ならさ」
強い魔物が出ると聞いてもヒルデは変わらず笑顔で答える。その顔を見ていると何とかなる気がするので不思議だ。ヒルデの笑顔にアッシュも微笑んで返事をした。
食事も終わり、あとは寝るだけとなったが、アッシュは自分のテントに入ろうとしない。
「あれ、寝ないの? 魔物が出ないって言ってたけど、見張りが必要?」
「いや、安全地帯に魔物は出ないから見張りはいらない。警戒は必要だがな。
俺はまだやることがあるから、ヒルデさんは先に寝てくれ」
「ん、そっか。わかった。何かあったら言ってね。すぐに起きるから」
アッシュに向かって手を振るとヒルデは自分のテントに入っていった。
ヒルデに手を振り返し、アッシュは大きな敷物を出し、その上に刀の手入れに必要な物を出すと、ペンダントを外し、刀を目の前に置き、鞘から抜く。
刃にはまだ血が付いているので懐紙で綺麗に拭き取り、なめし皮でさらによく血を拭き取る。
刀を貰ったときに刀は武士の魂だと学んだ。刃の曇りは心の曇り。さびた刀はその者の魂がさび付いている証拠である。
刀を持ち、手入れが出来たことを確認すると、道具を片付け、アッシュは素振りをする。
手入れによって感覚に影響がないことを確認する意味もあるが、これはアッシュの欠かすことがない日課だ。アメリアたちとパーティーを組んでいたときも見つからないように行っていた。
時に無心に、時に仮想の敵を想定して刀を振る。そうすることで腕も魂さえもさび付くことはない。
刀を鞘に戻し、アッシュはペンダントの飾りを握って根の付いた植物を出し、地面にばらまく。
「――植物よ」
アッシュが魔法を使うと植物は成長し、数本の竹が生い茂る。
アッシュに刀を教えてくれた先生はその一振りで何本もの竹を斬った。
彼もまねして力一杯振ってみたが、最初は一本も切ることが出来なかった。
刀は切れ味が鋭い武器だが、ただ闇雲に力を入れて振るだけで斬れる訳ではないのだ。
刀で斬るのに余計な力はいらない。必要なのは斬る相手を見極める技術、そして刀と一体になることだ。柄を握り、深く呼吸をし、余計な力を抜いて集中する。
目を開き、刀を振り上げた。竹は斬られていなかったかのように変化はなかったが、アッシュが納刀すると全ての竹は左右にずれ落ちた。
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