60 恋い焦がれるのは
暗くなる前にテントの設営を終え、火をおこし、アッシュは簡単な料理を作っていた。
「野営なんてパーティーを組んでたときはしなかったから、久々だな」
アメリアたちはティオルの街から遠くに行くのを嫌がった。渋々マテオの依頼を受け、遠くに行くことになったとしても馬車を使い、夜には必ず街に泊まっていたので、彼女たちと野営などしたことはなかった。
それが悪いことだとは思わないが、ティオルの街から遠くに行けないことだけがアッシュには物足りなかった。
「え? アッシュ君、パーティー組んでたんだ」
思わず漏れた独り言だったのだが、ヒルデに聞かれてしまった。どうやら、ソロに戻れたことでずいぶん気が緩んでいるようだ。ごまかそうとも思ったが、名前も素顔も知られているので今更かと思い、簡単に自分のことを話した。
アッシュが話し終えるとヒルデは彼の顔を覗き込んだ。
「それで、アッシュ君はさ、憎くないの?」
アッシュは目を丸くしてヒルデの方を見つめる。それほどヒルデの言葉はアッシュにとって意外なものだったのだ。
「誰のことを?」
「そうだねぇ、たとえば、アッシュ君を馬鹿にしてたティオルの街の冒険者とか」
「俺に対する妬みは知ったことじゃないけど、馬鹿にされるような態度をわざと取ってたんだ。俺がそう思われるようにしていたのに本当に馬鹿にされたから憎むなんてことはしないよ」
ヒルデは目を閉じ、人差し指をこめかみに当てて考えている。
「じゃあ、寝取ったキースって人とティオルの街のギルドマスターは?」
「彼女たちから離れるきっかけをくれたんだ。感謝することはあっても憎いなんで思ったことはない。マテオさんとしては俺に色々嫌みを言ったつもりなんだろうけど、アメリアたちと一緒に戦いたいっていう気概がないとか当たってるし、案外、人を見てると思うけど」
「それはちょっと良く言い過ぎじゃないの」
アッシュはヒルデの方を向いて目を瞬かせ、何を言っているかわからないという顔をしている。そんなアッシュをヒルデは呆れた目で見た。付き合いは短いが、彼が本気でそう思っているとわかったからだ。
「んっと、わがままで君の主張を聞かない幼なじみや、心変わりした途端冷たくなった女の子たちのことは?」
「アメリアは最後に話した感じだと俺の話を今なら聞いてくれるかと思ったが、今更って感じだな。ミントとマリーナさんは特に何も思うことはないな。
それから、冷たくなったといっても彼女たちの期待を知っていながら、俺はそれに応えなかった。信頼を裏切ったのだからそういう態度を取られても無理はないと思う。
それに、アメリアのいうことがわがままだというのなら、戦う力があるのに隠していた俺もそうだろう」
アッシュと一緒にパーティーを組んでいた彼女たちのことを知って、ヒルデは彼に聞いてみたいことが出来た。
「ねぇ、アッシュ君。本当に彼女たちのこと何も思ってなかったの?」
「恋愛という意味なら、彼女たちの気持ちや接触に戸惑うことはあっても本当に何も思えなかった。俺が男として何かおかしいのかと思ったこともあるが、こればっかりは考えても何もわからなかった」
アッシュの言葉を聞いて、ヒルデは大きな声で笑い出した。人が真剣に悩んでいるのに笑うとは失礼なとアッシュは眉間にシワを寄せる。
「アッシュ君はおかしくないと思うよ。だって、君はもうとっくに恋をしてたんだよ。
まだ見ぬ景色、知らない世界があることを知って、冒険に君は恋い焦がれていた。
だから、彼女たちが何をしようとも冒険以上に心が動かなかったんだ。違う?」
目を見開いてヒルデを見た。彼女は無邪気にアッシュに笑いかける。
ヒルデの言ったことをようやく理解した彼は先ほどのヒルデと同じように大きな声で笑った。
「あぁ、そうかもな。違いない」
あれほど悩んでいたのは何だったのかと思うぐらいヒルデの言葉は腑に落ちた。間違いない。カーステンの冒険を聞いたあの時、自分は冒険に恋をしたのだ。
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