58 安全地帯へ
「で、どっちに行けばいいの?」
ヒルデの緊張感のない言葉にアッシュは脱力してしまった。
だが、考えれば、ヒルデはダンジョンに来るのは初めてだと言っていたので無理もないだろう。
「ちょっと待ってくれ」
アッシュは目を閉じて魔力の流れを探る。ダンジョンはダンジョンコアの持つ魔力が作る空間だ。魔力で作っている限り、必ず魔力の流れというものがある。これを利用してダンジョンの大まかな構造を知ることが出来るのだ。
ダンジョンは隅から隅まで自分たちの足で歩いてこそだと言う『黄金のゼーレ』に言わせれば邪道だそうだが、何があるかわからないし、知っていて損はない知識として学び、出来るようになった。
探っていると魔力が下に流れるのを見つけた。おそらく、そこに階段があるのだろう。
しかし、ここまではっきりと構造がわかることは今までなかった。おそらく、ダンジョンコアの暴走によるものだろう。
不思議なことにダンジョンの中でも太陽はあり、外と同じように動く。
ダンジョンに入ったのは昼過ぎだ。日が傾くまで、まだ時間はあるが、夜に動くことは避けたい。出来れば、夜になる前に最下層の近くにある魔物が出ない安全地帯までたどり着きたい。
「魔物を倒すのは最小限で、安全地帯まで走るが、いけるか?」
「よゆー、よゆー。任せてよ」
ピースサインをアッシュに向けて笑っているが、本当に大丈夫だろうかと不安になる。
まぁ、自分が時々着いてきているか、確認するしかないかと大きくため息をつく。
「よし、じゃあ、行くぞ」
アッシュは全力で階段がある場所まで走る。ヒルデは意外なことにアッシュの後をピッタリと着いてきている。これなら心配する必要もないかと思い、魔力の流れに集中し、走る。
階段を下り、また魔力の流れを探り、走る。
途中、魔物が襲ってきたが、攻撃せず、躱して先を急ぐ。
四階に降りて安全地帯を目指し、走っていた時に、大きな影が差した。
日が落ちるのにはまだ早いと不思議に思い、見上げると大きな蛇、シェイドスネイクがこちらを見下ろしていた。
シェイドスネイクは一度獲物と判断したものを執拗に追いかけてくる魔物だ。ここで倒さなければ、逃げ回ることになり、夜になってしまうだろう。
魔物は夜になっても活発に動くものがいるが、こちらは夜目がきかず、死角を狙われる危険がある。それを避けるためにもまだ日がある内に安全地帯に行く必要があるのだ。
アッシュたちの姿を見つけるとシェイドスネイクは大きな口を開けて威嚇してきた。
立ち止まり、刀の柄を握って、相手の出方を探っていると、シェイドスネイクが再び開けた口に矢が刺さった。たまらず、シェイドスネイクは首をのけ反る。
その首を狙い、アッシュは刀を斜めに振り下ろす。シェイドスネイクは何も出来ないまま、地面に倒れた。
血振りをし、刀を鞘に戻してアッシュは後ろを振り返った。
「どう? やるでしょ」
手を腰に当て、胸を張って自慢げにヒルデはアッシュを見てくる。
「あぁ、はいはい。すごい、すごい」
投げやりなアッシュの態度に納得がいかないヒルデは頬を膨らませ、彼に詰め寄る。
「なんだよ、その態度は。もっと褒めてくれてもいいんだよ」
「褒めただろう?」
「もっと気持ちを込めてくんなきゃ、伝わんないよ。僕、褒められて成長する子だから」
「知らないよ。そんなことより」
納得いかずにプンスコと怒るヒルデを無視して、再び刀を構える。シェイドスネイクが倒れた音を聞いて、魔物がこちらに向かってきたのだ。まだ、姿は見えないが、何かを引きずるような大きな音から同じシェイドスネイクと思われる。
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