57 知らない大人の女性
「ブランク殿!!」
アッシュが自責の念に駆られていると背中から声を掛けられた。それがブロディだと気がついたアッシュは慌てて仮面を着ける。
振り返るとブロディがこちらに走って来た。傷はポーションを使って治したのだろう、出血していた腕や胸の血は止まっているようだ。
しかし、ポーションを使用しても失った血は戻らないのでブロディは若干ふらついているように感じる。
「ブロディ殿、先ほど冒険者がこちらに来たのですが」
ブロディはアッシュに深く頭を下げた。
「すまない、少し目を離した隙に逃げられた。しかし、その者の身柄はもう確保した。
その者を他の騎士に託し、私は証拠の武器を回収に来たのだ。
まだ、戦闘が続いているようなら今度こそ助太刀しようと思っていたのだが、いらぬ心配だったようだな」
そう言って倒れているファング・テラーベアの方へブロディは目を向けた。誇らしげに言うブロディにアッシュは力なく首を振った。
「いえ、謝るのはこちらの方です。私の不手際で剣を魔物に奪われてしまいました」
何が起こったのかと奪われた剣の特徴をブロディに伝えると家宝の剣に間違いないとのことだった。念のためブロディも木の洞を探したが、家宝の剣は見つからなかった。どうやら、奪われた剣が、やはり目的の剣だったようだ。
「最下層に行くのならば、私も同行いたしましょう。力になれるはずです」
「いえ、ブロディ殿は早く奪われた武器の回収を。それに私の不手際ですので、ブロディ殿の手を煩わせるわけにはいきません。なにより、ダンジョンの攻略は冒険者の仕事です。任せてください」
アッシュにこう言われてはブロディも何も言えない。今度は力になれるかもしれないと思ったが、ダンジョンに慣れていない自分では足手まといになるかもしれない。
「なんかわかんないけど、最下層に行くってことだよね。
じゃあ、僕も一緒に行くよ。おじさんの武器、取り返さなきゃだし」
突然現れたヒルデにブロディは目を丸くし、アッシュに尋ねた。
「ブランク殿、この女性は?」
「ダンジョンのことをあの冒険者たちから聞いてここに来た冒険者です。
大丈夫、信頼できます」
冒険者ならブロディよりもアッシュの力になれるだろう。それに、彼が信頼できるという人物だ。それなら、自分も信じるしかないだろう。
「わかりました。また、この紙を数枚渡しますので、助けを必要としたときには、ためらわず使ってください」
ブロディはアッシュに紙を渡し、武器を回収すると姿を消した。
「僕のこと、信頼してくれるんだ」
ヒルデは嬉しそうに、にっと口角を上げ微笑む。
「まぁ、助けられたしな」
少なくとも彼女の矢がなければ、自分はこうして無事ではなかったかもしれない。
そういう意味では感謝している。まだ、完全に信頼できるとは言えないが、感情を素直に出す彼女を見ていると疑っていることが馬鹿らしく思えてくる。
「僕のこと信頼してくれるっていうならさ」
ヒルデはアッシュへと手を伸ばして、頬を撫でるように触り、彼が着けていた仮面を取って微笑む。その笑顔は先ほどまでの彼女と違い、知らない大人の女性のように見えて、動けなかった。
「これ、僕の前じゃ、いらないよね」
そういうとヒルデは仮面を自身の顔の横で持ち、子供のように笑った。大人のように笑った彼女は勘違いだったのかと思うほどの無邪気な笑顔だ。
確かに、もう素顔を見られた後だ。ヒルデの前で、仮面は不要だろう。彼女から受け取った仮面はペンダントに収納する。
「ファング・テラーベアは一旦、俺が預かっていいか」
「うん、お願いね」
アッシュはファング・テラーベアに手を合わせ、ペンダントに収納し、ヒルデの方を向いた。
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