55 検分する猿
「それより、ヒルデさんは何でここに?」
ここは知っている者が少ないダンジョンの中だ。まさか、自分たち以外の人間がいるなど想像もしていなかった。
アッシュの言葉を聞いてヒルデは口をとがらせ、頬を膨らませた。
「聞いてよ。昨日、一緒にダンジョンに行かないかって下心丸出しの連中に言われてさぁ。
もう、その連中がしつこいのなんのって。興味ないって言ってなんとかしたけど、僕、行ったことないからさ、ダンジョンって。だから、どうしても気になっちゃって。
で、今日来て、見て回ってたら騒がしいなって思って、気になってたら、アッシュ君が僕の方を見てくるんだもん。びっくりして隠れちゃったよ」
自分が感じた気配は彼女だったのか。安堵と同時にヒルデに声を掛けたという冒険者に呆れた。おそらく、昨日酒場で彼らが言っていた女性というのがヒルデだったのだ。
彼らとしては初心者冒険者に声を掛けたつもりなのだろうが、どこをどう見れば彼女が初心者に見えるのだろうか。
冒険者登録をしていたと言っていたのでそういう意味では初心者なのだろうが、華奢な彼女が背負っている明らかに使い込まれている大きな戦斧を見れば、少なくとも戦闘に関して初心者だとは誰も思わないだろう。
そして、今、彼女は手に弓を持っている。
「ファング・テラーベアの右目を射貫いたのはヒルデさんかな?」
「そうだよ。ごめんね、もう少し早く出来れば良かったけど、アイツ、堅そうじゃん。
体を狙っても矢が刺さらないと思ったから、目を狙ってたんだけど遅くなっちゃった」
もう痛くないかと言って、しゃがんだままのアッシュの頭をよしよしとヒルデは撫でる。アッシュは拒否する気力もなく、彼女の好きにさせる。
あの時のファング・テラーベアはほぼ止まっていたとはいえ、目という小さい的を狙って当てるのだ。そんなこと出来るのが初心者であるはずがない。少なくとも初心者狩りの冒険者とは比べものにならないほど強者なのは間違いないだろう。
いや、それを考えるよりも、奪われた家宝を確保することが、今は大事だ。
「ヒルデさん、ありがとう。おかげで助かった」
彼女に礼を言って立ち上がり、冒険者が漁っていた木の洞を調べる。家宝がどんな剣なのか聞いていないが、国王から賜る物だ。おそらく、この国、エジルバ王国の紋章がどこかに刻まれ、大凡戦闘に使用するとは思えないほど煌びやかな装飾がされた剣に違いない。そう思い探すのだが、見つからない。
「君、今度は何してんの?」
木の洞を探すアッシュを不思議そうな顔をしたヒルデが話しかける。
「豪華な装飾がされた剣を探しているんだが、ないな」
奪われた武器はどれもいい物だと思う。貴族の家紋が入った武器もあるが、それらは戦闘に使用できるようになっており、装飾も地味でとても国王から賜った物とは思えない。
しばらく探すが、どこにもそれらしい物は見つからない。
「あれ、そうじゃないの?」
先ほど冒険者がファング・テラーベアに向かって振り回していた剣をヒルデは指していた。あの時は必死でよく見ていなかったが、少し離れたここからでもわかるほど宝石やらの装飾で輝いている。鞘にはなにやら紋章のようなものも見える。
あれで間違いないだろう。
「あぁ、あれだろう。ありがとう」
剣が落ちている場所に行こうと足を一歩踏み出したとき、猿のような魔物が家宝の剣を手に取った。予想外のことにアッシュが唖然としていると、魔物は検分するように剣を見回した。そして、アッシュの方を向き、歯を剥き出しにして笑い、剣を手にどこかへ走って行ってしまった。
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