54 その出会いは偶然か、必然か
ファング・テラーベアが完全に息絶えたのを確認すると血振りし、刀を納めたアッシュは座り込んでうつむく。袖で何度も額の血を拭おうとするが、血が止まらない。
ペンダントの飾りを握り、ポーションを取り出し、傷口に使用する。すると傷はふさがり、血も止まった。ゆっくり呼吸をし、息を整えているとアッシュを心配するような声が聞こえた。
「君、大丈夫?」
顔を上げると褐色の肌、長い耳を持つダークエルフの女性がアッシュの顔を覗き込むようにしてしゃがんでいた。
女性の姿を見たアッシュは既視感を覚えた。
自分はこの女性とどこかで会ったことがある。いや、ダークエルフの知り合いはいないし、ダークエルフを見かけたら記憶に残るはずだが思い出せないのでそんな訳はないと思うのだが、心はそうではないとアッシュに訴えかける。
「…あなたと、どこかで会ったことがありますか?」
アッシュが尋ねると女性は目を見開き、そして嬉しそうに笑った。
「いや、初めましてだよ。僕は、ヒルデ。
君はブランク君で、いいのかな」
ヒルデは顎を手に乗せ、コテンっと小首を傾げてアッシュに尋ねた。
「え?」
「だって、仮面着けてたでしょ。ここらで仮面を着けた名前のない高ランクの冒険者ブランクって有名じゃん。」
仮面と言われて、アッシュは自分の顔に手を当てた。仮面を着けていても視界は邪魔されないため忘れていたが、仮面はファング・テラーベアに攻撃されたときにどこかへ行ってしまった。つまり、自分は今、何も着けておらず、素顔を晒しているのだ。
素顔を見られたことに動揺するが、今はそれどころではない。
「そうだ、仮面!!」
アッシュはしゃがみ込んだまま辺りを見回し、仮面を探すが、どこにも見当たらない。
絶望したアッシュは頭を抱える。『黄金のゼーレ』から贈られた大切な物でもあるが、それ以上に冒険者として行動するためにも仮面は絶対に必要な物。それを無くしてしまったのだ。
アメリアたちにばれないように気をつけようとは思っているが、冒険する上でどうしても高ランクの魔物を狩ることも今後出てくるだろう。仮面を使用した後では、仮面なしでごまかし続ける自信はない。
せっかく、アメリアたちから解放されて自由になったのに、もう終わりだ。
「仮面ってこれでしょう?」
絶望するアッシュの目の前によく知っている物が差し出された。知らずにうつむいていた顔を上げて、ヒルデを見る。アッシュの顔を見て、ヒルデはいたずらに成功した子供のように口角を上げて微笑み、彼に仮面を渡した。礼を言ってアッシュは仮面を受け取る。
「ありがとう、ございます。これがなければ、俺、もう冒険が出来なくなるところでした」
「お礼なんていいよ。それより、ブランクは本当の名前じゃないんでしょ?
本当は、なんていうの? 僕に教えて」
ヒルデとは出会ったばかりだ。そんな人間に名前を教えるなんて普通では考えられないだろう。しかし、彼女は信頼出来ると何故だかわかる。
「…アッシュ」
アッシュの名前を聞くとヒルデは先ほどよりも嬉しそうに笑いかける。
「そっか、アッシュ君か。うん」
その笑顔はやはりどこかで見たことがある気がしたが、思い出すことができない。
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