52 自らのすべきこと
「手を貸すぞ」
ブロディが剣を構えて、アッシュに言うが、ブロディも無傷ではなく、腕や胸などから出血しており、見るからに重傷だ。それでは、ファング・テラーベアの攻撃を受けることさえ出来ないだろう。
「自分のするべきことを忘れるな。いいから、行け!!」
アッシュの気迫に押され、ブロディは息を呑む。アッシュに頼るしかない自分を恥じるが、自分のすべきことを反芻し、他の騎士に撤退を指示する。倒れている冒険者やへたり込んだ冒険者も忘れずに連れてダンジョンの出入り口を目指す。
家宝は回収出来ていないが、今は冒険者の身柄の確保を優先するのが騎士としてすべきことだ。
アッシュとファング・テラーベアは睨み合い、どちらも動かない。ブロディたちが撤退する姿が目に映っても、ファング・テラーベアはアッシュから目をそらさない。
ブロディたちよりも彼の方が危険だと判断したのだろう。
アッシュの方もうかつに動く事が出来ない。攻撃しようと焦って動こうとすれば、おそらく隙を突かれてしまう。それぐらいファング・テラーベアは冷静にアッシュを観察している。
ファング・テラーベアの筋肉がわずかに動いた。何か仕掛けてくるとアッシュは警戒し、刀を握る手に力が入る。ファング・テラーベアは四足歩行でこちらに向かって走ると、アッシュに飛びかかって来た。そのまま受け止めるわけにはいかず、横に躱すが、地面に降りたファング・テラーベアは素早くアッシュが躱した方向に飛び、手を振り下ろす。
空中では避けることが出来ず、刀で攻撃を受け止める。
攻撃を受け止めることは出来たが、大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。このまま木にぶつかれば、衝撃でしばらく動けなくなる。
そう判断したアッシュはペンダントの飾りを握り、種を取り出して木に向かって手を掲げた。
「――植物よ」
アッシュが魔法を使うと種は蔓となり、アッシュの腕と木の枝に絡まり、衝撃が走る。
程なくして枝は折れ、アッシュは地面に投げ出されたが、受け身を取ることで衝撃を和らげることができた。すぐに立ち上がり、ファング・テラーベアに向かって刀を構える。
本当はミントの時のように木を生み出し、クッションのようにできれば良かったが、ダンジョンにあるもの全てはダンジョンコアに支配下にある。
地面を利用し、植物の魔法を使うアッシュにとっては不利であるが、自前の植物を活用することでなんとか対応することができる。
アッシュが無事なことがわかるとファング・テラーベアは悔しそうにうなり声を上げる。
再び、睨み合っていると何かを漁るような音が聞こえた。
ファング・テラーベアは音の方を向くと急に雄叫びを上げ、そちらに四足歩行で走る。
突然のことに動けなかったアッシュもファング・テラーベアが見た方向に顔を向けると先ほど逃げたはずの冒険者の一人が木の洞を漁っていた。
おそらく、騎士と一緒に逃げたはいいが、奪った武器を持ってきていないことに気がつき、騎士の隙を見て取りに来たのだろう。
ファング・テラーベアは再び縄張りを荒らしにきた人間に激高して、追い出そうとしているのだ。冒険者はファング・テラーベアが向かってきていることに気がついていない。
「逃げろ!!」
冒険者の方に向かいながら、アッシュは叫ぶ。彼の声でようやく冒険者はファング・テラーベアが自分の方に走ってきているのに気がつき、奪った武器である剣を抱えて腰を抜かしてしまった。
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