48 腹の音
「え?」
突然のブロディの言葉にアッシュは目を瞬かせる。
「最初は素性もわからぬ輩だと警戒していたが、ジョージ殿の貴殿に対する気安い態度を見て、考えが変わった。彼は信頼できない相手にあのような振る舞いはしない男だ」
なんと言っていいのかわからずアッシュが黙っていると、ブロディは気にすることなく続けた。
「ミランダ様のことも、申し訳なかった。
それと、ロバートを彼女の扇からかばってくれただろう。彼の友として礼を言わせてくれ」
ブロディの言葉にアッシュは首を振る。確かに扇からかばったが、それだけだ。礼を言われるようなことはしていない。
「恥ずかしい話だが、ミランダ様の暴行は日常になっていてな。咎めると暴れるので彼女のすることは何も抵抗せず受け入れることが屋敷の常識になっていた。
しかし、ロバートをかばおうとした貴殿の姿を見て信頼出来る人物だと確信したと同時に彼女の行動を咎めず、見て見ぬ振りをしていた自らを恥じた。
友が理不尽な暴力を受けているのに何もしないなど騎士としてあってはならないことだった。友をかばい、私の目を覚まさせてくれた貴殿に対し、私は屋敷に来てから今まで失礼な態度を取っていた。本当に申し訳なかった」
ブロディはアッシュに頭を下げる。
「頭を上げてください。日常になっていたのなら感覚が麻痺していても無理はありません」
「いや、主やその家族の間違った行いをすれば正すのが仕える者の務め。それを放棄した私が騎士として貴殿を警戒するなど、何と恥知らずなことか」
顔を上げたブロディはまだ眉にシワを寄せて厳しい表情をしていたが、これはアッシュを睨んでいるのではなく、自分を責めている顔だったのだ。
ロバートの言う通り責任感が強いためにずっと自分を責めていたのだろう。
「それよりも、連絡手段の事を話しておきたいのです。街に入れば私はブロディ殿と接触出来ません。なので、伯爵様が見張りの騎士の連絡を受け取った手段を私も使えませんか?」
ギルド職員と冒険者が接触したと伯爵は遠く離れていても見張りの騎士の連絡を受け取っていた。何か素早く連絡を受け取れる手段があると思ったのだ。
「そうだな。貴殿にも渡しておこう」
そう言うとブロディはおもむろに自身の懐から紙を二枚取り出し、アッシュに渡した。
紙には何か魔方陣のような模様がうっすら浮かんでいる。
「これは?」
「魔法の呪文が施されており、これに書くと対となる紙に文字が浮かぶ仕組みだ。
使用出来るのは一枚につき一度だけで、連絡の返事は出来ないが、素早く情報を受け取れ、紙なので確認するとすぐに燃やせて証拠も残らない利点もある。
明日、冒険者が動き出したときに私が連絡しよう。もう一枚は予備として渡しておく」
受け取った紙をアッシュは自分のペンダントへ収納する。
そのとき、大きな腹の音が馬車に響いた。ブロディに目を向けると恥ずかしそうにうつむいていた。アッシュはカゴをブロディに見えるように掲げる。
「ロバート殿に貰いました。一緒に食べませんか?」
「たびたび、すまない」
うつむきながらブロディはカゴに手を伸ばす。
馬車に乗る前はどうなるかと思ったが、どうやら楽しい道中になりそうだ。
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