47 謝罪
ミランダの扇がロバートに届こうとしたとき、ドアから大きな声が聞こえた。
「ミ、ミランダ様。ザマスト坊ちゃんがお呼びですが、いかが致しましょうか」
ミランダが連れていた侍女とは違う女性が慌てたように声を掛ける。それを聞いたミランダはアッシュを睨み付ける恐ろしい顔から笑顔になり、彼が握っている扇から手を放し、ドアの方を向く。
「まぁ、母が恋しいのね。なんて可愛いのかしら、私の坊やは」
ミランダはエドガーの方を向き、彼を見下すような顔をした。
「貴方の可愛げのない子供とは大違いね。
いま行くわ。ほら、お前たち、何をぼさっとしているの。行くわよ。
あぁ、その扇は捨ててちょうだい。平民が触った汚らわしい物などいらないわ」
ミランダは興味を失ったかのようにこちらを振り返ることなく去って行った。侍女の一人が、アッシュが手にした扇を回収し、ミランダの後を慌てたように侍女たちもついて出ていった。部屋にはアッシュたちだけになった。
「義姉、いや、ミランダがすまなかった」
「…いいえ、お気になさらず」
ともかく、あれがジョージの言っていた第二婦人なのだろう。ジョージがどうだ、とでも言いたげにアッシュを見てくる。
貴族なので多少の傲慢さは当たり前だと思っていたが、彼が愚痴を言うのも無理はないほどの苛烈さだった。
「兄の婚約者であった昔からあの調子で、そのころから私はあの人が苦手でね。
義姉の家の方が、立場が上ということもあって伯爵家としても強く出られなくて。
兄が上手く抑えていたから彼女の問題行動が表に出なかっただけなんだ」
ミランダはそれがわかっているのでいまだに伯爵を見下し、強気でいられるのだろう。
彼女があのような態度なのだ。彼女の息子も同じような人物なのは容易に想像できる。
あんなのが二人もいれば伯爵も手を焼くだろう。
「見苦しいところを、申し訳ありませんでした。改めてご案内致しますので、どうぞこちらに」
先ほどの出来事などなかったかのようにロバートはアッシュに礼をし、ドアの方に手を向ける。それだけ、彼にとっていつものことなのだろう。アッシュは何も言わずに頷き、部屋を後にした。
ロバートに案内され、アッシュは馬車の方まで歩く。その間、ブロディは口を開く所かこちらを見ようともせず、ずっと眉にシワを寄せている。
案内された所ではレッドホースが二頭、馬車に繋がれ準備していた。馬車に乗り込むときにロバートから軽食が入ったカゴを渡された。
「最新式の馬車ですので揺れは少ないかと思います。どうぞ、中で召し上がってください」
「ありがとうございます」
ロバートからカゴを受け取るとアッシュは礼を言った。
「どうか、ブロディを悪く思わないでください。
あれは人一倍責任感が強く、自分の手で解決出来ない不甲斐なさで自らを責めているのです」
ミランダのことを謝ったときとは違って、ロバートから相手を思いやる気持ちを感じる。
「どうか、よろしくお願いいたします」
礼をするロバートに頷くとアッシュは馬車に乗り込んだ。
馬車の中はロバートが最新式と言っていた通り、中は真新しく、揺れもほとんど感じず、快適だが、ブロディは口を真一文字に結び、アッシュは何を言っていいのかわからず、重い沈黙が続いている。
しかし、これは言っておかねばと思ったアッシュはブロディに話しかける。
「私はミバルに近い、人気のない場所で下ろしてください。そこから歩いて向かいます」
ギョロリとアッシュを睨み付けてブロディは尋ねる。
「何故だ。このままいれば検問を受けずにすぐミバルに入れるのだぞ」
「一緒にいる所を見られない方がよろしいかと。ただでさえ、私は仮面を着けている事で目立つのです。何故一緒に行動しているのだと誰もが注目し、疑問に思うでしょう」
「ならば、仮面を取れば良い」
そう言うと思ったが、それだけは譲れない。
「伯爵様から説明があった通り、事情があり、仮面を外せないのです。それだけはご理解ください」
ブロディはまた口を結び、手を強く握った。納得いかないのだろうが、納得してもらわないと困る。また、沈黙が続くと思われたが、ふいにブロディが口を開いた。
「すまなかった」
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