46 苛烈な夫人
「エドガー様、それならば、ミバルに待機している私の部下の一人に命じればいいだけです。わざわざ冒険者の手を借りなくてもよろしいのでは?」
ブロディはアッシュを警戒しているだけでなく、冒険者の手を借りなければならないことに憤りを感じているようだ。アッシュとしても騎士だけで解決出来るのならばそれでいいと思うのだが。
「証拠の確保を命じる騎士は先ほど伯爵様が仰っていた事情を知る唯一の騎士ですよね。
その騎士以外の事情を知らぬ騎士に、尾行をする自分たちの後を付け、爆竹を鳴らすようにと命じては何かあると言っているようなものです。
また、万が一爆竹を鳴らすシヴァン領の騎士の姿をドーナ領の騎士に見られたら、それこそ、ドーナ男爵の耳にも入り、今回の事が明るみに成りかねない。
その点、私ならば姿を見られたとしても冒険者が何かおかしなことをしたと思われるだけです」
アッシュの言葉にブロディは何も言い返せず、黙ってしまった。彼もアッシュの言うことが正しいと思っている。
だが、シヴァン領を守る騎士としてのプライドがどうしても邪魔をするといった所だろう。
「これで納得したか、ブロディ。
では、ブランク君、早速で悪いのだが、すぐにミバルに向かってくれないだろうか。
ロバート、馬車まで案内を頼む」
ブロディ、ロバートは了承したように伯爵に頭を下げた。アッシュが彼らに続こうと立ち上がったとき、乱暴にドアが開いた。
「ちょっと、息子が大怪我をして治療中だというのに客人を招くとはどういうつもり。
やはり、養子にしたとしても兄の子など自分の息子ではないというの」
数人の侍女を連れて華美なドレスを着た化粧の濃い女性が目をつり上げながら入ってきた。口調だけではなく、香水の匂いもキツく、離れているアッシュの方まで漂っており、顔を顰めそうになる。女性の後ろに控える侍女たちは誰もが申し訳なさそうな顔をしている。
「ミランダ義姉さん」
エドガーが女性の名前を呟くとミランダは睨み付け、持っていた扇で彼を指した。
「私はもう貴方の妻なのよ。いつまで義姉と呼ぶの」
痛いところを突かれたのか、エドガーはミランダに何も言い返せず、黙ってしまった。
「で? この小汚いのが貴方の客人なの?」
伯爵を指していた扇で次はアッシュを指す。
さすがにこの無礼な態度に黙っていられなかったのだろう。エドガーはミランダを大きな声で怒鳴った。
「ミランダ、失礼だろう!!」
夫に怒鳴られたというのにミランダは意に介さず、不躾な目でアッシュを見て顔を顰めた。
「まぁ、シヴァン伯爵夫人である私に対して仮面も取らず、挨拶もなしとは。
なんて無礼なのかしら。小汚い格好といい、お前、平民ね。
どういうこと、ロバート。どうしてこの屋敷に汚らしい平民など入れたの?
早く追い出しなさいな」
ミランダの態度にロバートは眉一つ動かさず、深く礼をする。
「エドガー様が招いたお客様です。そのようなことはできません」
ロバートの冷静な態度が気に食わなかったのか、顔を真っ赤にしながらミランダは彼に詰め寄る。
「貴方の主人はザマストでしょう。その母である私のいうことを聞きなさい!!」
ミランダの聞き触りな声を間近で聞いても、ロバートは表情を変えずに淡々と答える。
「ザマスト様はまだ次期伯爵です。現伯爵はエドガー様であり、エドガー様こそが私の主です。お間違えなきよう、お願いいたします」
持っている扇を強く握り締め、ミランダはその腕をロバートに向かって振り上げる。
ロバートは殴られることがわかってるはずなのに避けようともしない。ミランダと一緒に来た侍女たちが悲痛な顔をしているが、誰もがミランダの行為を止めようとせず目をそらしていた。
扇がロバートに届こうとしたとき、アッシュがその扇を掴んだ。ミランダは振り払おうとするが、扇を掴むアッシュの手はビクともしない。
「その薄汚い手を放しなさい!!」
「手を放せば、彼を殴るのでしょう?」
「いうことを聞かない使用人を伯爵家の妻として躾なければならないのだから、同然でしょ。いいから放しなさい!!」
それを聞いてアッシュが手を放すはずがない。
おそらく、彼女が躾と称して暴力を振るうなどよくあることなのだろう。皆諦め、大人しく暴力を受け入れるのが当たり前になっているのかもしれない。
言っても手を放そうとしないアッシュをミランダが睨み付けるとドアから大きな声が聞こえた。
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