43 いってらっしゃいませ
「わかりましたよ。協力すればいいんでしょう。力になれるかわかりませんけど」
「おぉ、恩に着る。礼に酒でも飯でもおごってやる」
ジョージが安堵の笑みを浮かべたときだった、人がこちらに来る気配を感じて、アッシュは仮面を着け、ジョージは笑みを消した。
少しするとドアをノックする音が聞こえた。
「ジョージさん、お話中、申し訳ないのですが、今、よろしいでしょうか」
ジョージが入室の許可を出すと、ここへアッシュを案内した職員、イリスが焦った表情で入って来た。
「失礼します。
シヴァン伯爵様の使いの方がお見えになりまして、伯爵様からギルドマスターに話があるので今すぐ屋敷に招待したいとのことなのですが、いかが致しましょうか」
ちらっとアッシュの方を見ながらジョージに話しかける。
通常なら伯爵の方を迷うことなく優先するが、アッシュは数少ないA級冒険者だ。
彼がもし、ジョージと重要な話をしているのならどちらを優先すべきか判断に迷うのだろう。
「お、ちょうど良かった。こいつと一緒に屋敷に行くわ」
了承したようにイリスはうなずき、受付のあるギルドのエントランスに二人を案内した。
案内された先には髪に白いものが混じった初老の男性が立っていた。
ジョージたちに気がつくと深く礼をする。
「ジョージ様、申し訳ありませんが、急ぎ、屋敷までお越しください」
「はい、わかっています。こいつも連れて行きたいのですが、いいでしょうか」
ジョージに前に出るように背中を叩かれ、思わず顔を顰める。冒険者を引退したとはいえ、彼はいまだに鍛錬を怠らず、現役といっても誰も疑問に思わないぐらい筋肉がある中年だ。そんな彼に容赦なく叩かれればアッシュであろうとも痛い。ジョージへの文句を飲み込み、アッシュは初老の男性に礼をする。
男性は戸惑うようにジョージに説明を求めた。
「ジョージ様、その方は?」
「A級冒険者ブランクです。今回のことを話すと喜んで協力すると」
喜んでとは言っていないと不満を隠し、アッシュは男性に挨拶をした。
「初めまして、ブランクと申します」
ブランクの名前を聞くと男性は先ほどまでの訝しむような表情から笑顔になった。
「貴方様があの。お噂はかねがね。貴方様がいらっしゃらなければ、シヴァン領の街が一つなくなっていたかも知れないと主人も感謝しておりました。
申し遅れました、私、シヴァン家の執事ロバートと申します。貴方様が協力してくれるならば心強いです」
ロバートはアッシュに向かって洗練された礼をした。姿勢も崩さず、真っ直ぐで美しい礼に伯爵家の使用人の教育の高さが窺える。
「慌ただしくて申し訳ないのですが、お二人ともどうぞ、馬車の方に。」
「わかりました。じゃ、イリスさん、後は頼むな」
「あ、少しお待ちください」
ジョージたちに断るとイリスはアッシュの方を向き、頭を下げた。
「申し訳ありません。ブラックウルフの査定に時間が掛かっておりまして、いつも通り後日、口座に振り込むということでよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
ブラックウルフはかなりの数だったうえに本部が注意を促しているまだらのブラックウルフもいるのだ。ただでさえ、ジョージの溜めていた書類の処理で忙しいだろうに、本部への連絡にと大変だっただろうにイリスはそんな素振りをアッシュに見せることなく笑顔で答える。
「いえ、それよりも、ギルドマスターが伯爵様に粗相をしないように見張ってくださいね」
ジョージに聞こえるようにイリスはわざと茶目っ気のある声で、ウインクをしてアッシュに頼んだ。
後ろからイリスに抗議するジョージの声が聞こえたが、聞こえないふりをして答える。
「はい。まかせてください」
アッシュの答えに満足し、イリスは微笑みかける。
「では、お二人ともいってらっしゃいませ」
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