42 家宝の剣
アッシュの問いを椅子にだらしなく体を預け、天井を向いてジョージは答えた。
「それがな、二、三日前、困ったことにシヴァン伯爵の三男が被害に遭って重傷を負った。
しかも、前代の国王陛下から賜った家宝の剣を勝手に持ち出して被害に遭って、その剣も奪われちまった」
国王に賜った物を身内が勝手に持ち出し、紛失したなど国に知られれば、親族一同、斬首でもおかしくはない。他の貴族の耳に入ろうものなら、弱みを握られ、一生強請られる事になってしまう。
シヴァン領の騎士だけで解決したいが、ドーナ領で起きた事件だ。ドーナ男爵と騎士にも話を通さなければならず、情報を共有し、尾行をするときにもドーナ領の騎士二人も同行することとなった。
他人の領土で勝手なことをするとそれこそ両者に亀裂を生みかねないので筋を通すため必要なことだ。
だが、そうなると奪われた装備は証拠としてドーナ領の騎士が保管し、記録に残ってしまうことになってしまう。
そうなったら、シルヴァン伯爵が家宝を紛失したと知れ渡ってしまうだろう。
「…そんな話、聞きたくなかったです」
貴族が関わることなど面倒でしかないので聞きたくない。
しかも、貴族の醜聞に関わるものなど特に御免被るが、そんなアッシュの心境をわかっていながら、ジョージはかまうことなく愚痴を言う。
「たく、三男とその母親の第二婦人以外はまともで真面目ないい貴族なのによぉ」
シヴァン伯爵家は少々複雑で、三男はシヴァン伯爵エドガーの兄である前伯爵の子供だ。
突然、前伯爵が亡くなり、本来継ぐはずの兄の一人息子が成人して伯爵を継ぐまでの繋ぎとしてエドガーは伯爵家を継いだ。
そのとき、自分の次男と変わらぬ年の兄の子供を哀れんで養子とし、その母親を第二婦人として迎えた。
初めは大人しくしていた二人だったが、次第に本性を現すようになっていった。
シヴァン伯爵に仕える使用人に躾として暴力を振るい、伯爵の言葉を聞く所か、常に伯爵を見下し、領都ルノアでも迷惑行為や騒動を繰り返すようになったのだ。
騒動を起こす度に伯爵やその家族が尻ぬぐいをする姿が見られた。
長男は成人し、難関の試験に合格して王宮で文官として勤めている。次男は格上である貴族の屋敷に執事見習いとして学びに出ており、屋敷の主からの覚えもめでたいらしい。
優秀な伯爵の実の子である二人と違って三男の当主教育も芳しくなく、成人間近にも関わらず、まだ、伯爵を継げる基準に至っていない。このままでは伯爵を継ぐのも難しいと言われている。
そのことに三男とその母はエドガーが伯爵家を三男に継がせないつもりで画策したのだと声を大にして訴えるが、三男が勉強をサボっている事を皆知っているので、誰もまともに取り合おうとしない。
今回のことはその鬱憤が溜またことで起こしたと思われる。
三男はよく魔物を殺して憂さ晴らししたいとこぼしており、高ランクの魔物だとしても余裕で倒せるのですぐにS級冒険者になれると言っていたのでそれを実行しようとしたのだろう。
なお、三男の剣の腕はお世辞にも上手いとは言えない。
自分の領内で冒険者として登録しようとすると伯爵に連絡がいくため、隣領に行ったのだろう。そこまで考える頭はあるようだが、初心者狩りの甘言は見抜けなかったようだ。
「だからな、隠し場所がわかったときに騒ぎを起こせば、そっちに目が行くだろう?
その間にシヴァン領の騎士が家宝の剣を確保すればいいと思ったんだが、どうだ。
こう、魔法でなんか派手に事を起こせないか?」
「俺が使えるのは植物に関する魔法だけです。そんな派手なことは出来ません。
それに、俺、この話を受けるなんて言っていませんよ」
アッシュは『黄金のゼーレ』と一緒に行動していた時に魔法を学んだが、物になったのは植物に関するものだけだった。他も頑張ったが適性がなかったようだ。
「頼む。信頼できて、口が堅くて、なんとかしてくれそうなの、お前しかいないんだよ。
伯爵だってブランクなら信用してくれると思うしよぉ」
ジョージは姿勢を正し、アッシュを拝み倒してきた。
「ここまで重要な話を聞いたんだ、協力してくれ。頼むよ」
今までジョージがこのような強引な手段に出たことはなかったので、それだけ必死なのだろう。
自分はソロに戻ったこととティオルの街のギルドが血眼になって探しているまだらのブラックウルフを倒したと報告しに来ただけだったのにと、大きなため息をつく。
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