40 ブランク誕生のきっかけ
アッシュがA級冒険者ブランクとなったのは、アメリアたちとパーティーを組んでいたときのことだ。彼女たちの討伐依頼にいつも通りついて行ったときに、うっかり、高ランクの魔物を倒してしまったのだ。
幸い、アメリアたちの目につかない場所での戦闘だったので気づかれることはなく、倒した魔物はすぐにペンダントに収納したのだが、あのときは焦った。
落ち着いて倒した魔物を確認するとギルドに報告する必要があると考えた。
しかし、ティオルのギルドに報告することは出来ない。
報告しても、アッシュが倒したなど、信じてはくれないし、なにより、彼が高ランクの魔物を倒したことがアメリアたちに知られてしまう。
どうすればいいのか悩むアッシュの脳裏にジョージが思い浮かんだ。
ジョージは父の知り合いの冒険者たちと顔見知りで、何かあれば彼に頼るように言われて、一度、顔を合わせたことがある。
アッシュはルノアの街に行き、ジョージを頼った。
倒した魔物の報告をだけすれば終わりだと思ったが、ジョージは倒した魔物の追加の調査と可能なら同じ魔物の討伐を高ランク冒険者が出払っているので代わりにとアッシュに頼んできた。
自分でも気になったので了承したが、ティオルの街ではないとはいえ、高ランクの魔物を倒すアッシュの姿を誰か見られたら、アメリアたちにばれるかもしれない。
そこで、アッシュは父の知り合いの冒険者に餞別で貰った、認識阻害の魔法がかかった仮面を着けた。
これは着けると声や体格などで個人を特定することが出来なくなり、出会う人に仮面を着けた人物とだけ記憶に残り、何も着けていないときと同じ視界で物を見ることが出来るという優れものだった。
しかし、仮面を着けているのがアッシュだとわかると、たとえ仮面をしても、その人物に対してのみ認識阻害の魔法の効果がなくなるという弱点がある。
どうにも出来なくなったら使えと渡された物をまさか使うとは思わなかったが、何にせよ、仮面を着けることで彼女たちに見つかることなく、ジョージから頼まれたことを達成させることが出来た。
その後、ジョージはアッシュに、名前が空白の冒険者カードを渡して、高ランクの魔物の討伐を何件も頼んできた。
断り切れずに依頼を受けた際は仮面を絶対に着けるようにしている。
しばらくすると仮面をつけた名無しの冒険者ブランクと呼ばれるようになった。
なお、空白の冒険者カードを渡してきたのは、あるギルド幹部の考えであるらしいが、詳しく聞くと面倒なことになりそうな予感がするので尋ねていない。
A級冒険者ブランクと言われ、アッシュはため息をついてうなだれた。
「いつも思うんですけど、俺にA級冒険者は荷が重すぎでは?」
「いや、ブラックウルフを単独で倒す奴が何言ってんだ」
ブラックウルフは元A級冒険者であるジョージでも手こずった魔物だ。
ジョージはパーティーを組んで倒したのだが、アッシュはひとりで倒したのだ。
十分A級冒険者に値する実力であると言える。
「いえ、それは油断していた相手から予期せぬ圧力を掛けられたことで、ブラックウルフが冷静でなくなり、単調な攻撃しかしてこなかったからです。統率して襲ってきていたら、勝てませんでしたよ。
それに、俺がA級冒険者なんて烏滸がましいというか」
冒険者として積極的に行動する気がないアッシュは、自分のような消極的な者がA級冒険者などと思っている。
また、彼は事あるごとに自分の実力も認めようとしない。彼が謙虚な性格なのもあるが理由は他にもある。彼は比べているのだ。
「お前なぁ、あの化け物たちと比べるな。お前は人間で、人間の中では強いんだよ。
わかったか?」
アッシュが比べているのはS級冒険者パーティー『黄金のゼーレ』だ。
彼の父の知り合いの冒険者たちとは彼らのことだった。
幼いころから彼らの強さや冒険者として行動する姿を間近で見てきたアッシュはどうしても彼らと自分を比べてしまうのだろう。
しかし、強さなど全てにおいて彼らは次元が違う。比べることがそもそもおかしいのだ。
アッシュもわかっているのだが、納得していないのだろう。髪で表情が隠れておらず、仮面もしていない彼のわかりやすい顔を見れば、それは明らかだ。
「まあ、いい。それより、初心者狩りの疑いがある冒険者たちをシヴァン領の騎士が尾行するから、お前、騒ぎを起こしてくれ」
楽しんで頂けたなら幸いです。
よろしければ評価の方もよろしくお願いします。




