04 突然の呼び出し
冒険の拠点としている屋敷の執務室にて、アッシュとミントは古代エルフ魔法の本の翻訳の作業をしていた。
癖のある古代エルフ文字を清書するのがアッシュの担当である。その清書された文字を翻訳するのがミントの作業だ。
本来なら直接翻訳すればいいのだが、書かれてある古代エルフ文字の癖が強く、読みづらい。そのため、手間だが翻訳する前に清書をする必要がある。
最初はミントが清書から翻訳まで全て一人で行っていた。
しかし、ミントはこの癖のある文字を清書するのが苦手で、清書に最も時間を取られていた。翻訳した古代エルフ魔法を研究する時間も必要なのに、癖のある文字の清書という無駄なことに時間を取られることに彼女は不満だった。
清書の必要が無い綺麗な文字だったらこんなことしなくてもいいのにと考えてしまい、どうしても作業効率が落ちてしまう。
そんなミントを見かねたのか、あるときアッシュが手伝うことを申し出た。
今までねぎらう言葉は掛けられたことはあるが、手伝うと言ってくれたのはアッシュだけだった。ミントは誰かに教えるという初めてのことに戸惑いながらも清書から翻訳までを教えた。
アッシュが問題なく熟せるようになってからは、清書はアッシュ、アッシュが清書した文字を元にして翻訳をするのがミントの担当になった。
思えばそれが、ミントがアッシュを好きになったきっかけだった。
アッシュは時折、自身のメモ帳に何かを書いている。翻訳の手伝いをしているときによく見かける光景だ。
「いつも思ってたけど、何書いているの」
ミントがアッシュのメモ帳をのぞき込むが、書いてあるのは曲線だったり、ただの線だったりで、何かをメモしているようには見えず、ただの落書きにしか見えない。
「インクの残量を確認してるだけで意味はないな」
アッシュは顔も上げずに淡々と作業しながら答える。
ミントは古代エルフ魔法の本の内容をメモしているのかとも思ったが、よく見てみると落書きにしか見えないそれは時々かすれている。一方、清書の文字にかすれはないのでインクの残量を確認しているのは本当なのだと納得し、自分も作業を再開した。
しばらくするとドアをノックする音が聞こえた。返事をするとアメリアが入ってきた。
「作業中にごめんね。ギルドマスターからすぐに来てくれないかって言われたんだけど」
「いいけど、すぐ?」
キリのいいところだったのでいいが、ミントは作業を邪魔されるのを嫌う。
それが、ギルドマスターのマテオに呼ばれているとなればなおさらだ。
「なんか私たちのパーティーに関係する大事な話があるとか言われたの」
強く、美しい女性冒険者のパーティーとして『四本の白きバラ』はこの街、ティオルの冒険者ギルド以外でも注目されており、王都に本部を構えている冒険者ギルドの幹部たちからも期待されている。
そんな彼女たちを見出したとしてマテオの評価も上がっているので、アメリアたちはいつも余計なお世話というほどに目をかけてもらっている。
「ギルドマスターはいつもよくしてくれているので、たまにはお願いを聞いてあげてもいいのでは?」
いつの間にか入ってきたマリーナが頬に手を当てて尋ねる。
「ミントたちがパーティーを組むように勧めてくれたのは受付のミミー。ミミーのお願いなら考えるけど、ギルドマスターのお願いなんて聞く前に拒否する」
女性が中心のパーティーであることに嫌味を言ってきたマテオのことをミントはよく思っていない。
しかも、ミントたちが評価され始めると嫌味を言ったことなど忘れたかのように接してくる。そんなマテオのことをよくも思っていないのはほかのメンバーも同じだ。
「それに、あいつがミントたちを頻繁に呼ぶから変な噂が出ている」
何かあればマテオがアメリアたちをギルドの執務室に呼ぶのは、この街の冒険者ならばよく知られている。
しかし、アメリアたちを妬む一部の冒険者からは、マテオはギルドの執務室を連れ込み宿代わりに使用している。アメリアたちはマテオを満足させる代わりに不正でB級冒険者になれたと噂が出ている。
ティオルの街の冒険者ならそれがただの噂であることを知っているが、ティオルに立ち寄った冒険者たちなどが面白おかしく広めているらしい。ギルド本部の一部の幹部でさえも女性冒険者という物珍しさだけの評価であり、実力は無いと噂している者もいる。
また一部ではアッシュの手柄を自分たちのものにしているのではないかという噂もある。
噂をしている冒険者よりも高ランクの魔物を倒してギルドに、街の平和にと貢献しているのにと、その噂を聞くたびにアメリアたちは激しい憤りを感じた。
噂を知っているのに、気にせず呼び出すマテオにも不満がたまっている。
「ミントさん、大丈夫です。私たちは噂にあるようなやましいことは何もしていないのです。堂々としていればみんなわかってくれます。
それに今回拒否してもマテオさんのことです、今度は私たちがギルドにいるときに大声で呼ぶかもしれませんよ」
ただでさえ、噂されているのにギルドで堂々と呼ばれているとわかったら、あの噂は本当だったなど言われかねない。行くしか選択肢はないと諦め、ミントはほかのメンバーと共にギルドに向かった。
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