37 旅立ち
次の日、アメリアは何もなかったかのように笑顔でアッシュに話かけてきた。
あれは否定されたことで思わずやってしまったことなのだろうと思ったが、それから何度もアメリアはアッシュに対して癇癪を起こした。その度に殺されそうになってわかったことがある。
彼女は恋愛に関する自分の理想は必ず叶うと信じているのだ。
なので、それを否定されると力ずくで自分の言うことを聞かせようとして癇癪を起こすのだ。癇癪を起こしたあとは何もなかったかのようにアッシュに話しかけるので、彼女のなかでは彼に否定されたことはなかったことになっているようだ。
それがわかっても、アメリアと一緒にパーティーを組むことに、アッシュは決して同意しなかった。せっかく出来た自分の夢をたとえ嘘でも、否定したくなかったのだ。
アメリアが剣聖と一緒に王都に行くと聞いてアッシュはようやく解放されたのだと安堵した。
しかし、彼女は諦めておらず、冒険者として登録できる年になったら迎えに行くと笑顔で言ったのだ。それを聞いたアッシュは膝から崩れ落ちた。
剣聖の教えを受けていないアメリアでも殺されそうになったのだ。
それ以上の力をつけた彼女が癇癪を起こせば、自分は確実に死ぬだろう。
逃げようかとも思ったが、彼女はきっと地の果てだろうとアッシュを追いかけてくる。
会話をしてわかってもらおうとしても、彼女は自分の理想を否定されると聞く耳を持たず、そもそも会話にならない。
王都に行って、冷静になれば会話をしてわかってもらえるかもしれないし、自分に執着することもなくなるかもしれないが、どうしてもそうなる未来が見えない。
見えるのは一生アメリアに振り回され、夢を諦める自分の姿だ。
どうすればいいのだろうと頭を抱えていると、父から知り合いの冒険者パーティーの所へ行くように言われた。
冒険家として世界を旅するにしても、アメリアから逃げるにしても力をつけなければならない。父の知り合いは父とは比べものにならないぐらい強い冒険者たちなのでそこで学び、力をつけ、どうするか考えてみてはということらしい。
母からはもし、アメリアに見つかったら、彼女に嫌われる男になれと言われた。
彼女の行動の理由がアッシュへの恋愛感情によるものだとしたら、彼への恋の熱が冷めればそれもなくなるだろうと母は考えたからだ。
母は具体的に嫌われる男とはなにかを具体的にアドバイスしてもらった。
まず、髪を伸ばして、常にうつむくこと。うつむき、髪で顔が隠れることで表情がわからず、幼い頃と違って陰気な男だとアメリアに印象を与える。
次に、夢だけを語り、何も行動せず、言い訳ばかりする情けない男を演じること。
そもそも、夢を語り、それを叶えるために努力するアッシュの姿にアメリアが好意を抱いたのだとすると、大人になり、子供のときと同じように夢だけは語るが、努力せず、クダを巻く、くだらない男となったアッシュの姿を見れば、百年の恋も冷めるだろうと言われた。
一緒に聞いていた父がそれを聞くたび顔を青くしていたが、気にしないことにした。
最後に、目立つようなことをしないことだと言われた。
目立つことをすれば必ず、アメリアに見つかってしまい、それが高ランクの魔物を倒したなどのめざましい成果ならば、ますます執着されることだろうと。
もし、アメリアがアッシュを手放したとしても、その後、目立つような偉業を成せば、自分にもう一度振り向いて欲しくて努力しているのだと勘違いをし、再び執着し出すかもしれないかららしい。
なんと説得力があり、役に立つアドバイスだろうと、落ち込む父を慰める弟を横目にアッシュはかぶりついて母の話を聞いた。
なお、弟に慰められても落ち込んでいた父だが、嫌われるような男なら結婚していない。
自分が惚れた男なのだからしっかりしろと母に活を入れられると、すぐに機嫌が治ったらしい。
父の知り合いの冒険者パーティーと連絡が取れ、生まれ育った村を離れる日に父から冒険家カーステンの手記を餞別にと貰った。
これがあればつらいことがあっても耐えられると父に感謝し、アッシュは旅立った。
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