36 アッシュの夢とそれを阻む者
ルノアの街のギルドマスター、ジョージはアッシュに力なく手を振る。
じっと座って書類仕事なんて何時間も出来ないといってよく仕事を溜め込むことがある彼だが、今回のことは相当堪えたようだ。ジョージに促され、アッシュはソファに座り、仮面を取った。
「で、何があったんだ」
アッシュはジョージにキースが加入してからここに来るまでを話した。
「それで、なんでお前はそんな暗い顔してるんだ?
パーティー脱退はずっとお前が望んでいたことだろう」
ジョージに言われて自分はそんな顔をしているのかと初めて気がついた。
「いえ、もっと上手く辞められたんじゃないかなと考えてしまって」
目を閉じるとミントの泣き顔とアメリアの泣くのをこらえるような顔が思い浮かぶ。
そのたびにもっと別のやり方があったのではないかと考えてしまうのだ。
「まぁ、でも、元を正せばお前の意思を聞かずパーティーを強引に組んだティオルのギルド職員とお前の幼なじみが原因だからお前が気にすることないと思うんだが。
…まぁ、長い間一緒にいたからな、情もわくか。
ギルドの怠慢と言われたら、ギルド関係者である俺も悪いんだが」
アッシュは自分が完全な被害者だとは思っていない。アメリア以外のメンバーが加入する前にパーティーを脱退できなかった自分が悪いのだ。
申し訳なさそうな顔をするジョージにアッシュは首を振った。
アッシュの父はよく寝る前に冒険家カーステンの手記を読んでくれた。
カーステンの冒険はアッシュを夢中にさせ、もっと続きを聞きたいと言って父を困らせたのはいい思い出だ。
カーステンは様々な場所を冒険したが、彼が立ち入ることが出来なかった場所がある。それが冒険者以外立ち入り禁止のダンジョンや秘境だ。
晩年の彼はそこを訪れることが出来なかったことを大変後悔したそうだ。
それを知って、アッシュに夢が出来た。
カーステンのような冒険家になりたい。
彼が見た景色を自分も見てみたい。彼が見ることが出来なかったものを見てみたい。
ならば、立ち入り禁止の場所も出入りできるほどの強さを持った冒険者になる必要がある。
そう考えた彼は早速、元冒険者である父に教えてもらい、木の棒で素振りをするようになった。周りはすぐに飽きると思っていたが、まだ見ぬ冒険に夢を見るアッシュは飽くことなく素振りをした。
アメリアが王都からアッシュの住む村に越してきたのはそんな時だった。素振りをするアッシュが物珍しかったのだろう、アメリアの方から話しかけてきた。
『なんで木の棒を振ってるの?』
『冒険家になるためだよ。俺はカーステンのような冒険家になって世界を見て回りたいんだ。だから、どこを冒険しても大丈夫な強さが欲しいんだ』
何がアメリアの琴線に触れたのかわからなかったが、それからアメリアはアッシュのまねをして素振りをするようになった。
彼女の好意に気がつかないアッシュは不思議に思い、彼女に尋ねた。
すると彼女は自分と一緒に冒険者になるためだと答えた。
アメリアの主張を聞き、彼は首を傾げた。どうも彼女はアッシュと一緒にパーティーを組む前提で話をしているようだ。
目的が同じならそれもいいと思うが、話を聞くと彼女は自分の承認欲求を満たすために冒険者になると言っているようにしか聞こえない。
それにアッシュは命尽きるそのときまで冒険していたいのだ。引退して余生を過ごすなど考えていない。
そう思ったアッシュはアメリアが冒険者になるというのなら彼女のしたいようにすればいいが、目的が違うので一緒に組むことは出来ないと伝えた。
それを聞いた彼女はうつむき、何か雰囲気が変わったように感じた。
心配になって声をかけようとしたときだった、アメリアが癇癪を起こして、手にした木の棒で殴りかかってきたのだ。
この時、まだ、剣聖の教えを受けていないとはいえ、剣聖が惚れ込むほどの剣の才能の持ち主だ。ただの子供が殴りかかってきたのと訳が違う。
なんとか、避けるが、アメリアは手を緩めることなく、木の棒をアッシュに向かって振り回す。アッシュも木の棒で彼女の攻撃を受け止め、避けるが力及ばず何度が殴られた。
騒ぎに気がついた大人がなんとか押さえたが、それがなかったら確実に自分は殺されていた。アメリアの光を失った暗い目を思い出し、アッシュは初めて彼女に恐怖を抱いた。
楽しんで頂けたなら幸いです。
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追記:アッシュの尊敬する冒険家の名前を変更しました。以前読んで頂いた方には申し訳ありませんが、今後はこちらの名前で行くのでご了承ください。




