35 仮面
男はただひたすらはさみを動かす。
髪を切ってくれと言われて男は驚いた。
来店した客の髪が、ここらでは見ないぐらい長かったからだ。
貴族なら髪の長い男もいるが、客はどう見ても平民だ。平民なら髪を売るために伸ばしているということもあるがどうやら違うようだ。
前髪も長く、表情が読めないので陰気なのだろうと思った。
しかし、会話をすると客が朗らかな性格であることがわかった。冒険者だというので髪を切るのが面倒で今までズルズルと伸ばしていたのだろうと男は勝手に納得する。
客の希望通り短く髪を切る。
すると、先ほどまでいた陰気な若者が爽やかな好青年になったではないか。
自分の腕に惚れ惚れし、男は客に出来の確認をした。
「どうだい、お客さん、出来の方は? 長さもこれぐらいでいいか? もっと短くするか?」
鏡のなかの客は満足そうに微笑む。
「はい。気に入りました。長さもこれぐらいで大丈夫です」
男はそうだろう、そうだろうと客の言葉に頷く。
「お客さん、ずいぶん男前になったじゃないか。前もよく見えるようになっただろう。
こんな男前、女が放っとかないだろうな」
「そう、ですかね」
若干歯切れが悪いのが気になったが、出来は満足だというので気にせず、客からお金を受け取る。
「また、髪が伸びたら利用させてもらいますね」
客は男に笑いかけながら言うと店を後にした。
客の満足そうな顔を思い出し、自分の腕もまださび付いていないなと鼻歌まじりに箒を動かした。
アッシュは短くなった髪を嬉しそうにいじり、人気がない路地を歩く。
人の気配がないことを確認すると彼がいつも身につけているペンダントの飾りを握る。
すると、いつの間にか仮面を手にしていた。
仮面は目元だけを覆い隠すデザインで、彼は仮面を着け、ギルドを目指して歩いた。
目的の建物につき、ギルドの大きな扉を開ける。
朝の忙しい時間を過ぎたギルドは閑散としていたが、職員は忙しそうに働いている。
顔見知りの職員を見かけ、アッシュは声をかけようとしたが、先に職員の方が気づいていたようで声をかける前に尋ねられた。
「お久しぶりですね。ギルドマスターに用事でしょうか」
「はい、いつなら大丈夫ですか?」
「今すぐ大丈夫ですよ。ちょうどギルドマスターが溜め込んでいた書類を全て終わらせたところですので」
見とれるような笑顔だが、ギルドマスターに怒っていることがわかる。
職員が忙しそうにしているのはそれもあったようだ。
「あと、忙しいところ申し訳ないのですが、狩った魔物を出してもいいでしょうか?」
職員が頷いたのを確認するとアッシュは魔物専用の受付に移動し、ブラックウルフを取り出した。アッシュが取り出した魔物を見て職員たちはギョっと目を見開いてこちらを見ている。
アッシュに声を掛けた職員は他の職員のように表情は出さず、笑顔を保ったまま、ギルド本部からあった連絡事項を思い出す。本部も危険視していたブラックウルフは冒険者たちが倒したが、まだ、火の魔法を使うらしいまだら色のブラックウルフはまだ生き残っているので注意するようにとあったはずだ。
アッシュがまだら色をしたブラックウルフを取り出した時、彼は職員の顔をじっと見てきた。彼の意図を感じ取った職員は変わらぬ笑顔で頷き、本部に連絡する必要があるだろうと自身のすべきことを頭の中で整理する。
全てのブラックウルフをアッシュが受付に出したことを確認すると他の職員に後をまかせ、自分はアッシュをギルドマスターの執務室まで案内するために歩き出した。
職員に案内され、アッシュはギルドマスターの執務室を訪れた。
ドアをノックするとガタという大きな音がした。
「ひぃ、もう書類は全部終わらせたぞ!!」
「いえ、お客さんですよ」
返事を聞く前に職員がドアを開けるとギルドマスターが立ち上がり、おびえたような顔をしてこちらを見たが、アッシュの姿を確認すると安堵したように椅子に座り込んでしまった。ごゆっくりとアッシュに挨拶をすると職員は部屋を出て行った。
「はぁぁ、ビビった。まあ、久しぶりだな、アッシュ。あれ、お前、髪切った?」
「はい。お久しぶりですね、ジョージさん」
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