33 忘れられない光景
火事の描写があります。苦手な人は注意してください。
まだらのブラックウルフには忘れられない光景がある。
彼の父はブラックウルフの中でも火の魔法を使えるという希有な能力を持っていた。
父はその能力を使い、ブラックウルフの存在を世に知らしめるために活動していた。
しかし、志半ばで人間に企みが見つかり、殺されてしまった。
瀕死の父が放った火はうねりを上げ、大きな炎となり大量の人間を巻き込んだ。
炎により建物が焼け崩れ、恐怖に逃げ戸惑う人間の姿に、彼は経験したことのない興奮を覚えた。あの光景は今も忘れられない。
父が殺されてしまったことは仕方がない。父に隙があったのだ。それについては何も思うところはない。
そんなことよりも、あの光景をもう一度、いやそれ以上の光景を見たいと彼は思うようになった。
だが、父のように表だって動けば人間にすぐに見つかってしまう。
そうなれば父の二の舞だ。
どうすれば、自分の望みを叶えることが出来るのかを考えた彼は、リーダーを他に任せ、自分は裏からリーダーを操ることにした。
リーダーは力とスピードだけが自慢の単純な愚か者だった。奴の言うことを何でも聞くことで、信頼を得ることが出来た。
そうして集団のなかでも大きな発言権を得た頃、どうすればあの光景以上のものが見られるのかを考えるために、人間を観察することにした。
人間には冒険者という自分たち魔物を狩ることを生業にしている者がいること。
魔物の脅威にさらされている人間たちにとっては魔物を狩る冒険者は尊ばれていること。冒険者のなかでも強さにばらつきがあることが観察をしてわかった。
そうだ、あの冒険者と呼ばれる者を襲って人間たちの恐怖心を煽ろう。
ただ闇雲に襲うのではなく、弱いものから段々と襲い、殺さないようにいたぶる。
そうすることで生き残った冒険者が自分たちの脅威を人間たちに知らしめるとともに恐怖を植え付けることが出来る。
いずれ強い冒険者が自分たちを倒そうと出てくるだろうが、そいつらが自分たちに力及ばず、殺されたと聞いた人間たちの絶望する顔を想像し、胸が高鳴った。
そうすることで、ブラックウルフが人間の恐怖の対象となり、破壊の限りを尽くせばあの光景以上のものが見られるだろう。
リーダーに計画を伝えるとすぐに行動に移すことになった。
最初は上手くいっていた。
しかし、リーダーは成功するごとに驕るようになっていき、彼の注意も反発するようになった。いたぶられる人間を近くで見ようと考えなしに行動する悪癖を油断しすぎだと注意したが、言うことを聞かなかった。
自分の意見を聞かないような者はもう不要だと彼は判断し、次に同じことをすれば捨てると決めた。
自分の意見を聞かず行動した結果、リーダーは冒険者に殺された。
必死に助けを呼ぶが、自分たちが現れないことに驚愕しながら死んだ顔を見て、多少の溜飲を下げることはできた。
死んだリーダーに代わり、自分がリーダーとなり、ようやくだとほくそ笑む。
今、人間たちはブラックウルフを倒すことができたと歓喜していることだろう。
そんなときに再び自分たちが姿を表し、暴れればどうなるだろう。
人々はブラックウルフを倒したという冒険者に疑念を抱き、何を頼っていいかわからず絶望に陥ることだろう。
その光景を想像し、彼が悦に入ると他のブラックウルフから報告を受けた。
なんでもリーダーを倒した冒険者の一人が街を離れ、単独で行動しているらしい。
報告を受け、彼の頭に素晴らしい案が浮かんだ。
その冒険者をむごたらしく殺し、死体を街の目立つ所に置くのだ。
そうすれば、恐怖はまだ続いているのだと人間たちに知らしめることが出来る。
しかも、殺されたのがブラックウルフを倒した冒険者の一人だとわかれば、より深い絶望へと落とすことが出来るだろう。見せしめとして、これ以上はない。
彼は報告してきたブラックウルフに冒険者のところに案内するように命じ、ブラックウルフ全員で向かうことにした。
数匹でも十分だが、全員で行くことでその冒険者を絶対的な絶望に落とす。
見せしめにするにしても恐怖と苦痛に満ちた表情で死んでもらわないと困るからだ。
精々惨めに死んでくれと思わず笑みが零れた。
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