32 ただ真っ直ぐに前を向いて
下げていた頭を上げるとキースがアッシュを見下すような表情でソファの背もたれに腕を置き、足を組んでアッシュを見ていた。
「普通、女寝取った相手に感謝するか?
あぁ、これなら王都のアイツの方が面白かったな。
女が別れるって言ったら顔真っ赤にしてキレて、女が本気だってわかったら、次は真っ青になって、捨てないでくれってすがりついて。今思い出しても笑える」
キースが見たこともない表情で笑っている。別人なのかと思ったが表情以外はアッシュのよく知るキースだ。
「だから、言っただろう?
そいつから彼女たちを寝取ったとしても面白いことにならないよと」
マテオは何事もなかったようにキースと会話をしている。アッシュだけが置いてけぼりだ。
「だって、こいつ、あんなに彼女たちが好意を示してるのに、キスはおろか、手をつなぐこともしてないんですよ。手こずるかと思ってたのに、ちょっと甘い言葉を掛ければあっという間に落ちるから拍子抜けでしたよ。
しかも、目の前で寝取られて文句言うかと思ったのに何にも言わないなんて思わないじゃないですか」
「何だ、E級。お前あっちもE級なのか。これじゃ、彼女たちが満足できないでキース君に心変わりするはずだ」
ぐふっという下品で不愉快な笑い声をマテオが上げる。
「ちょっとマテオさん、下品ですよ」
そう言っているキースもマテオにつられて笑っている。アッシュはここでは自分だけが異質なのだと感じた。
「でも、ようやく彼女たちからこいつを引き離せたよ。キース君、様々だね。
強い男に美しい女性たちが侍るのは絵になるが、何の力もないヒモ男がいつまでも美女の側にいるというのはイメージが悪いからね。
ギルド本部からも彼女たちの活躍が知れ渡った今こそ活躍してもらおうと思っているのにそんなイメージがつきまとうなんて、我々としても本意ではないのだよ」
「ミミーさんがなかなか彼の脱退を認めなかったのも原因ですよね。
だったら、彼女の勝手を認めなければよかったじゃないですか。そうすればもっと早く引き離せていたのに」
キースの言葉を受け、マテオはふてくされたかのようなしかめ面をした。
「しょうがないだろう。彼女の父君から、娘の好きにさせるようにと命じられたのだから。
それに彼女が組ませたパーティーは全て成功している。
そして、成功した冒険者たちは彼女に恩を感じ、何でも言うことを聞く便利な駒となる。
彼女の勝手を許さなければそれも得られなかった。
こちらとしても我々のいうことを聞く優秀な駒が増えるのは都合がよかったんだ。
だが、こいつを脱退させるということになかなか首を縦に振らないから少々手を焼いたよ」
「それで、僕に声を掛けたということですか」
「ああ。所属するパーティーのカップルから君が女性を寝取ったことで、パーティーに亀裂が入り、解散。解散の原因を作ったとして責められ、途方に暮れていると聞いてこれだと思ったよ。
心が離れたら、こいつを捨てることに彼女たちも拒否しないと思っていたからね。
捨てると彼女たちが決めたのなら、ミミー君も何も言えないさ。
まあ、もう了承の印を押したからもう何を言っても覆ることはないのだがね」
キースを紹介したのはマテオだ。アメリアたちを思っての純粋な行為ではないと思っていたが、最初からそういうつもりだったのだろう。
マテオと話していたキースが、嘲るような笑みを浮かべ、アッシュの方を向いた。
「で、ここまで聞いて何かいうことはないか」
何かと言われても、マテオとキースの思惑により、アメリアたちを寝取ったのだと言われても、最終的にキースに心変わりしたのは彼女たちの意思だ。
彼女たちが決めたことに何か異議を唱える権利は初めからアッシュにはない。
なぜなら、アッシュとアメリアたちは恋人同士ではないからだ。
また、彼女たちとアッシュでは冒険者としての目的が異なる。それが原因で別れが来ることはわかっていた。
だが、もっといい形で別れることが出来たのではないかと後悔はあるが、それはキースの所為ではなく、自分の至らなさ故だ。キースに言うべきことではない。
「いえ、俺の所為でご迷惑をお掛けしたことは申し訳ないとは思いますが、それだけです」
笑みを消し、アッシュの本心を探ろうという目でアッシュを見るが、彼から邪念が感じとることは出来なかった。キースは興味を失ったようにアッシュから目をそらし、頬杖をつく。
「ならもう話すことはないな。拠点には寄らずにこの街からすぐに出て行け。
君の部屋にある物は、僕が適当に処分しておく。文句はないな」
処分と言われて何かあったかと考え、アッシュは無意識にペンダントの飾りを握った。
いつ出て行けと言われてもいいように本当に大事な物は常に持ち歩いている。
拠点に寄らないようにと言うのは、あのような別れの後でどのような顔で会えばいいのかわからないアメリアたちを思ってのことだろう。
「はい、お手数お掛けしますが、よろしくお願いします」
キースに礼をして、アッシュは席を立ち、退出をするためドアに向かおうとしたとき、後ろから声が聞こえた。
「…ブラックウルフの時は助かった」
それはアッシュだけにしか聞こえないほど小さい声だった。アッシュは振り返り、キースに向かって微笑むことで返事をすると頭を下げる。
「今までお世話になりました。失礼します」
頭を上げ、アッシュは部屋を後にした。ギルドから出た後も振り返り、ギルドの建物に向かって頭を下げ、ティオルの街を出た。
ただ真っ直ぐに前を見つめ、アッシュは歩を進めた。そこにはいつもうつむいていたばかりのアッシュはいなかった。
そんなアッシュを見ている影があった。影、いやブラックウルフはアッシュをじっと観察し、彼が一人で行動していることがわかると口角を上げて嗤い、姿を消した。
アッシュとアメリアたちは恋人同士ではないので本来NTRではなく、僕が先に好きになったのに、通称『BSS』なのかなと思うのですが、それは違うなと思いこちらをタグにしました。
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