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自由になりたい冒険家は世界を見たい  作者: 黒木 森
第一部 プロローグ
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03 自称慎重な冒険者ケビンの観察

 男たちはケビンのお礼だというわりに自分たちだけで楽しんでいるようで、何度目かの乾杯をしていた。

 自分へお礼ではなかったのかと思ったが、彼らは自分が通りかからなければ全滅していたかもしれなかったのだ。酒を呑み、騒ぐことで生きていることを実感しているのだろうと思うと怒るに怒れない。

 ケビンは彼らの文句を苦手なエールで呑み込んだ。確実に明日は二日酔いだと考えたら、もう頭痛がする気がする。


 ケビンがそんなことを考えていた時、ギルドのドアが開いた。すると、さっきまでの騒ぎが嘘のようにギルドが静まりかえった。

 ケビンは何があったのか気になり、ドアのほうへ目を向けた。


 そこには王都でも見ないような美女が三人立っていた。女性たちはわき目も降らずギルドの受付に向かって歩いている。


 ケビンは女性たちから目が離せなくなった。苦手な酒を呑んで、夢でも見ているのだろうかとぼんやりする頭で思う。


 先頭を歩く美女はどこか貴族のような気品があり、彼女が歩くたび、茜色の日の光を反射して金色の髪がキラキラ光っている。それは、まるで女神が地上に舞い降りたのと思うほど美しかった。

 しかし、よく見ると彼女は腰に剣を携えている。そこでようやく彼女が女神ではなく、冒険者だと気づいた。


 金髪の美女について歩く少女は整った顔立ちをしており、ビスクドールなのではないかと一瞬、疑った。

 しかし、わずかに紅潮した頬、みずみずしい唇が彼女をビスクドールではなく、人であることを証明している。いや、髪からわずかに見える耳がとがっているので正確には人ではなく、エルフだ。

 彼女の身長ほどに大きい杖をもっているのを見てビスクドールは魔法使いなのかとぼんやりする頭で思った。


 その二人から半歩ぐらい遅れて歩く美女は教会に所属するものが着る法衣らしきものを着ている。本来、清楚であるはずのその服は彼女の豊満な体により、なぜか見てはいけないもののように感じてしまう。

 無理に体から視線をそらし、顔に目を向ける。彼女は常に微笑んでおり、その姿はまるで聖母を思わせた。彼女だけがほかの冒険者たちに会釈をしている。


「彼女らが気になるか」


 ダンは酒臭い息を吐きながら、ケビンの肩に腕を回す。


「彼女たちは、冒険者なんですか」


「おう。彼女たちは『四本の白きバラ』ってえらい強いB級冒険者パーティーで、前の二人がB級冒険者でそのあとについて歩いてる彼女がC級冒険者だ。先頭の金髪の彼女はアメリア嬢。あの剣聖の愛弟子らしいぜ」


「け、剣聖の」


 剣聖とは王都の騎士で彼の姿を見ただけで魔物が命惜しさに逃げだすという、この国一番の剣の使い手だ。

 剣聖は強さだけではなく、弟子をなかなかとらないことでも有名だ。なんでも才能のないものには教える価値もないと言って弟子希望者を断るらしい。

 その剣聖の弟子ということは、彼女は剣聖に剣の才能を認められたということだ。


「エルフの彼女はミント嬢。なんでも古代エルフ魔法っていう、昔にエルフが使っていたすっげぇ魔法の使い手らしいぞ。

 その威力は人間の使う魔法や他のエルフが使う現代魔法じゃ比較にならないらしくて、ただの魔法一発で地形も変えるほどの威力のものもあるそうだ。

 いまじゃ、扱えるのは彼女ぐらいで冒険の傍ら古代エルフ魔法の研究をしているらしい」


 一度、魔法使いの冒険者と組んだことがあり、魔法を見たことがある。

 ケビンがゴブリン一匹をようやく倒したとき、魔法使いは涼しい顔をして、複数のゴブリンを一気に倒していた。

 魔法がすごいことは知っていたが、自身の目で見て改めて魔法の凄まじさを感じた。

 あれよりも、と想像し、恐怖を感じた。ダンが大げさに言っていないのならばの話だが。


「最後に歩いているボンキュッボンの彼女はマリーナ嬢。彼女ほど補助魔法と回復魔法を使いこなす回復術師は見たことないな」


「彼女、教会所属の人ですよね。そんな人がなぜ冒険者に?」


 教会所属でも小遣い稼ぎに冒険者の手伝いをする者はいるが、冒険者になるなど聞いたことがない。


「なんでも彼女の両親が教会に仕えているときに神の声を聴き、新たな教えを受けたんだと。その有り難い教えを広めるために所属していた教会を辞めて、自分たちでその教えを広めようとらしい。

 だが、教えを広めたくても資金も足りないし、人でも足りないしで両親は苦労していた。そんな両親を見て資金の調達と、教えを広く伝えるための広告塔として冒険者になったらしい。

 いやー、両親想いのいい子だろぉ」


 そういいながらもダンの目はマリーナの豊満な体に釘付けで無意識なのか下品な笑いもしている。

 気持ちはわかるが見過ぎではないかとケビンは呆れた。


 よく見ると彼女たちのほかにもうひとり、人がいることに気が付いた。それも男性だ。

 男は背を丸めて彼女たちについて歩いていた。長い髪で隠れ、うつむいているので彼の表情はよく見えない。

 しかし、前を歩く彼女たちのように自信にあふれているようには見えなかった。


「ダンさん、彼も彼女たちのパーティーの一人なんですか?」


 男性を見た途端ダンは先までの下品な笑いではなく、馬鹿にしたように鼻で笑った。


「奴はアッシュ。彼女たちのパーティーの一人なんだが、何年も冒険者やってるらしいのにいまだにE級の雑魚だな。雑魚過ぎて彼女たちと一緒に高ランクの魔物相手に戦えねぇから、ポーターの真似事をしてるんだか、本人は前衛希望だから不満なんだと」


「…E級」


 冒険者は登録するとF級から始まる。冒険者として基本的なことを経験し、初心者を脱却するとようやくE級になれる。E級冒険者になるとようやく冒険者のスタートだといわれている。

 E級冒険者となり、魔物の討伐などの依頼を真面目に行えば二年ぐらいでD級になれるのが常識だ。ケビンでさえも二年と数か月で難なくD級になることができた。


 容易になれるD級と違い、C級以上の冒険者は真の実力を試される。D級になるまでが容易なので油断している者は這い上がれない。

 そこで自分の実力不足に気がつき、冒険者を引退するなどよくある話だ。


 アッシュがD級でC級に上がるまで数年かかっているというならばよくある話と思っただろう。

 しかし、彼は容易に上がれるはずのD級に上がれていないのだ。

 ケビンでもなれたD級に。


「でも、ポーター希望でもないのになぜ彼女たちとパーティーを組んでいるんですか?」


 彼女たちと実力差がありすぎて、卑屈になりD級に上がれないのだとしたら、パーティーを離れ、ソロの冒険者になるかして出直せばいいのではと思ってしまう。


「まあ、見てればわかるぜ」


 ダンは不機嫌そうに残ったエールを呑む。それ以上は自分の口から言いたくないようだ。


 ケビンはそんなダンの様子を不思議に思ったが、それよりも彼女たちのほうが気になったのでダンのいう通り目線を彼女たちのほうに向けた。

 距離が離れているが、集中することで会話が聞こえてきた。

 どうやら、アメリアという彼女がアッシュに話しかけているようだ。


「アッシュ、さっきの大丈夫だった?ケガしてない?」


「あぁ、大丈夫」


 アメリアは心配そうにアッシュに寄り添っている。それはパーティーの仲間を心配するにしても近すぎるように感じた。


「アッシュにケガなんてされたら、ミント、困る。古代エルフ魔法の本の翻訳、手伝えるのアッシュしかいないのに」


 ふてくされているように、ミントは頬を膨らませている。

 しかし、それは猫が大好きな飼い主にかまってもらえなくて、すねているようにしか見えない。


「アッシュさん。ケガをされたのなら遠慮せずに言ってくださいね。

 あなたは私たちにとって大切な人なのですから」


 そういうとマリーナはアッシュの手を取り自身の胸に押し当てた。その瞬間、周りから殺気を感じた。


「あ、マリーナだけずるいわよ」


 マリーナとは反対の手を取り、アメリアはアッシュと腕を組んだ。さっきよりも殺気が強くなった気がする。


「じゃ、ミントはここ」


 気が付くとミントがアッシュを正面から抱きついている。


 今やギルド中の男たちがアッシュに殺気を送っているといっても過言ではいないだろう。酒で火照っているはずなのに背筋がやけに寒い。


「これで分かっただろう。彼女たちは全員何故かあの野郎に惚れてんだ。そんで彼女たちが奴と離れることを拒否してるんだ。

 たく、あんな弱いヒモ男のどこがいいんだか。幼なじみだっていうアメリア嬢はまだわかるが、他の二人が惚れる理由がわからん。髪だって男のくせに長いのがチャラチャラして腹立つ。なにより、マリーナ嬢のあの胸を、あのやろうが好き勝手出来ると思うと余計に腹立つ」


 ダンが酒を一気に呑み干し、盃を机に乱暴に置く。ケビンはダンをなだめながら、つまりはモテない男のやっかみなのかと納得した。

 同時に彼女たちのパーティー名も腑に落ちた。


 白いバラの花言葉は愛情を思わせるものが多く、四本の白いバラは『この愛は不滅』など深い愛情を意味する。彼女らからアッシュへの想いがこのパーティー名なのだろう。



 だが、そうだとすると新たな疑問が生まれる。それはアッシュの表情だ。

 皆が羨む女性たちに深い愛を捧げられているにもかかわらず、彼はちっとも嬉しそうに見えない。それどころか困惑しているようにも見える。

 人目があるとはいえ、相思相愛ならばもっと何かあるのではないかと誰とも付き合ったことのないケビンは思った。


 また、四本の白いバラの花言葉には『一緒にいることが出来ない』という別れを意味するものもあったはずだ。それを彼女たちは知っているのだろうか。


 なんとも言えない違和感に、苦手な酒が余計に苦く感じてしまうケビンだった。









主人公が活躍するのはだいぶ先なので、気長にお待ちください

ここまで読んでいただきありがとうございます。

明日からキリのいいところまで1日2回投稿する予定なので読んでもらえると嬉しいです。

良ければ評価のほうもよろしくお願いします。

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