275 彼が守りたかったもの
遠く、苦い過去を思い出して顔を歪めるミノルは口を開くと声を絞り出すように話し出した。
「僕が弟から『イザナミ』を奪い取られたって噂を聞いてすぐにシゲがそう言ったんだとわかったよ」
アッシュには凡そ答えはわかっていたが、シゲルが何故そんな行動を取ったのか、ミノルの口からハッキリと聞きたかったので彼は黙ったまま次の言葉を待った。
「いずれ僕が父から贈られた『イザナミ』を手放したと遅かれ早かれ大勢の人たちにバレるだろう。そのことを知られれば、僕は皆から益々嘲笑わる。そんな心無い人々の悪意から僕を守るために自分の悪評を流したんだって」
シゲルが兄から刀を奪ったと聞いた時なにか事情があるのだとずっと思っていたが、やはりそういうことだったのだ。
シゲルはあまり多くを語る人ではなく、大人顔負けの強さを持っていた。その力を恐れて遠巻きにされていたために彼が兄から刀を奪ったのだと言えば皆が信じたのだとゲンは言っていた。
そうなるだろうとシゲルもわかっていたので自分で言って回ったのだ。国を出ていつ帰って来るやも知れぬ自分と違ってオノコロノ国に住み続ける兄のことを想って。
実際、その噂があったのでミノルは同情されることで平穏に過ごすことが出来たのだろう。ミノルの名誉のために友であるゲンだとしても言えなかったのだ。
「それをわかっていながら、僕は今まで噂を訂正せずにシゲに甘えてしまった。
こんな卑怯な僕だから『イザナミ』に相応しくないんだ」
――あの人はいつも私と比べられてきました。そして、いつの間にか萎縮してしまったのです
暗部山で会ったあの少年がシゲルだとすれば、彼が言っていたあの人とはミノルのことだったのだろう。だから、彼はあんなに辛そうな顔をして悩んでいたのだ。
よく考えるとあの表情はミノルの劣等感の原因であるシゲルが何を言ったところで言葉が伝わらずに苦しんでいたのだと今更ながらわかった。
シゲルでも無理だったのに昨日今日会った仲のアッシュに何が出来るのだろうか。
どうすればいいのかと考えていた時、刀を振るミノルの背を思い出した。目を閉じるとあの風切り音まで蘇って来る。
「あぁ、そうか」
目を開けて小さく呟くと先ほどまで悩んでいたはずのアッシュの顔に笑みが浮かぶ。今も苦悩の表情を見せるミノルの方を真っすぐに向くとアッシュは口を開いた。
「…ミノルさん、頼みがあるのですが」
「なんだい?」
急に雰囲気が変わったアッシュにミノルは目を丸くし、戸惑いながらも頷いた。
「貴方の試し切りを見せてもらえませんか」
何を言うのかと構えていたが、大したことではない願いにミノルは思わずため息は吐いた。元々素振りをした後でしようと思っていたので特に困るような頼みではなかったからだ。シゲルと同じ教えを受けたミノルの腕前を知りたいと言ったところかと解釈し、彼は快く答えた。
「ああ、もちろんいいよ。それじゃ」
素振りに使っていた自分の刀を手にしようとミノルがした時、アッシュが首を横に振ったのに気付いた。何故かと顔を上げると彼は一本の刀をミノルの目の前に差し出して来た。
「この『イザナミ』で」
体調を崩してしまい、ストックが心許ないので少しの間お休みさせてもらいます。
すぐに帰って来られるよう頑張りますのでお待ちいただきますようお願い致します。




