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273 『イザナミ』の真実

「もしかして僕とシゲのことについて誰かから聞いてる?」


 またアッシュの反応から察したのだろう。この人には隠し事はできないようだ。彼ら兄弟のことについて聞いたことを誤魔化すこともないので素直に答えた。


「はい、ゲンさんから」


「そう、ゲンからか。ということはシゲに挨拶に行くように言われたのかな」


 ゲンから聞いたとしか言っていないにも関わらず確信を持ってミノルは問いかける。シゲルが国を出てから時間が経っているだろうに彼のことをよくわかっているようだ。ミノルと話す前は仲が悪いのかもしれないと思っていたが、そうではないのかもしれない。


 アッシュが頷くとミノルは目を伏せて悲しそうな顔をした。


「彼にも僕ら兄弟のことで色々迷惑を掛けてしまったな」


 その言葉にゲンも辛そうな表情をしてミノルのことを話していたことをアッシュは思い出した。ミノルもゲンが自分たちのことを何とかしようとしていたことに気づいていたのだろう。


「アッシュ君が知りたいのは僕が父から貰ったはずの『イザナミ』をどうしてシゲが持っていたのか、だよね」


 ゲンから事情を聞いたとわかった時からアッシュが自分に何を聞きたいのか予想が出来ていたのだろう。ミノルはアッシュから視線を外し、『イザナミ』の方を見るが、すぐに目を逸らして黙ってしまった。


 息苦しいほどの沈黙が流れるが、アッシュからは話しかけずにしばらく待っているとどこか遠い所に目を向けたミノルがようやく口を開いた。


「『イザナミ』を父から貰った時のことは今でも覚えているよ。シゲが才能を発揮してから彼だけしか見てなかった父だったけど僕のことを忘れてなかったんだってね」


 そう言って柔らかく微笑む彼を見て益々わからなくなってしまった。ゲンから話を聞いただけだが、彼らの父親が行った無自覚の悪意にアッシュは胸が締め付けられる思いがした。そんなひどい扱いを受けていてもミノルは父を嫌いにはなれなかったのだろう。その父から認められ、贈られたという大事なものを何故手放すことになってしまったのだろうか。


「でも、『イザナミ』を父から受け取った瞬間にわかった。これは僕が持つべきものではないと」


「それはどういう」


 アッシュの問いかけにミノルはため息を吐くと再び口を閉じてしまった。どういえばいいのかと自分の中で葛藤しているようだ。


「『イザナミ』は素晴らしい刀だ。

 さすが、オノコロノ国でも有数の刀鍛冶オカザキの中でも歴代最高の腕を持つと言われているゲンが作っただけある」


 話しながらもミノルの顔は苦しそうに歪んでいる。辺りが静かだからか彼が緊張で唾を飲み込む音がここまで聞こえてきそうだ。


「だからこそ、僕なんかが持つべき物じゃないんだ」


 顔を手で覆ってうつむく彼の姿に話すのを止めるように言うべきだろうかとアッシュは思った。

 だが、アッシュは彼に掛けそうになった言葉を飲み込み、姿勢を正して続きを待つことにした。


「僕はね、『イザナミ』を持っているのが怖かった。鞘から抜くことさえ出来なかったんだ。姿を見なければいいとも思ったけど、そこにあるっていうだけでダメなんだ」


 顔から手を離し、頭を上げたその表情は見たことがある。最初に会った時、彼が『イザナミ』を見ていたのと同じだ。あの怯えた顔はそういう意味だったのだ。


 ミノルの話を聞いて『イザナミ』を受け取ったアッシュが鞘から抜いて初めて構えた時にシゲルが何故安堵したような顔で微笑んだのかがわかった。彼は兄が『イザナミ』を抜くことさえ出来なかったのを知っていてアッシュも同じようにならないか不安だったのだ。


 その時のことをアッシュが思い出しているとミノルは絞り出すような声を出した。


「だから、国を出るシゲに僕は『イザナミ』を押し付けたんだ」








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