272 親し気な言い方
「…アッシュ君?」
「はい。邪魔をしてすみませんでした」
アッシュが申し訳なさそうに謝るとミノルは首を横に振った。
「いや、ちょうど休憩しようと思っていたところなんだ」
ミノルの後ろにゴザのようなものが巻かれて立てかけてあるのが見える。素振りをするだけではなく、続けてそれを斬るつもりだったのだろう。
だが、アッシュが来たために休憩することに決めたのだ。中断させてしまったことは申し訳ないが今ならば彼と二人でゆっくりと話が出来るかもしれない。
アッシュが話しかけようと口を開こうとした時、ミノルの方が先に尋ねた。
「アッシュ君の方はどうしたんだい」
「あ、俺は眠れなくて。素振りが出来るところはないかと廊下を歩いていたら灯りが見えたので」
「…素振り。そうか」
ミノルはアッシュが持っている『イザナミ』に目を向けると顔を曇らせた。
しかし、すぐに何事もなかったかのようにアッシュに微笑みかける。
「眠れないのなら少し話し相手になってくれないかい」
アッシュもそうしたいと思っていたのでその申し出を断る理由はなかった。彼が頷いたのを見るとミノルはその場に座った。それに並ぶようにしてアッシュも腰を下ろす。
「ハヅキのこと聞いたよ。昨日のようにいなくなっていたところを見つけて家まで送ってくれたんだってね。ありがとう」
「…いえ」
ハヅキが黙って家を出たのはアッシュを誘き寄せるために鵺の主が唆したためだ。直接関係しているわけでないが自分が原因なので面と向かって礼を言われ、返答に困った。それをアッシュが謙遜していると思ったのかミノルは詳しくは聞いてこなかった。
「ナデシコのことも悪かったね」
「え?」
「彼女、君に迷惑かけたんじゃないかな」
まるでナデシコがアッシュに何をしたのかを知っているかのようだ。
だが、それをミノルが知るはずがない。ハッキリとは言わなかったが、彼女は自分が薙刀を使えることなどをミノルに隠している雰囲気だった。そんな彼女がミノルのためにアッシュと戦って『イザナミ』を取り戻そうとしていたなんて話すはずがない。
予想外の言葉にアッシュが何も返答できないでいるとミノルが優しく笑った。
「ナデシコからは何も聞いてないよ。
でもね、昨日の君への言動を見ていたらなんとなくそうかなと思ったんだけど、その反応からして当たっていたようだね」
「よく見てるんですね」
流石は夫婦と言ったところか。
いや、ミノルが鋭いというのもあるのかもしれない。この分ではナデシコが男性顔負けの強さを持つ見た目通りの女性でないこともわかっているのだろう。
「…それに彼女はいつも怒らない僕の代わりに怒ってくれる人だからね。僕はそれに惹かれたんだ」
それはナデシコが弟の許嫁だった時からそうだったというのだろうか。だとすれば、シゲルがあまりにも可哀そうな気がする。たとえシゲルがナデシコのことをなんとも思ってなかったとしてもだ。
アッシュの戸惑いに気づいたのかミノルは慌てて訂正した。
「あぁ、僕が彼女に惹かれたのはシゲが国を出てからだよ。
さすがに弟の許嫁だった時には何も思っていなかったから安心して」
ミノルの口から初めてシゲルの名前が出た。彼がシゲルのことをどう思っているのかわからず不安だったが、ゲンがシゲルのことを話していた時のように親し気な言い方に一先ずホッとした。
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