270 ごめんなさい
その後も身振り手振りで話すハヅキの話に相槌を打ちながら歩いていると彼女の家の前まで来ていた。すると昨日の時のように少し騒がしい声がここまで聞こえてきた。
おそらく、彼女の姿が見えないことでまたバタバタしているのだろう。
それを感じ取ったのか不安そうにしている彼女をそっと地面に下ろす。見上げて来る彼女を安心させるためにアッシュは微笑むと視線を合わせて優しく声を掛ける。
「謝れるかな。お母さんたちに」
すぐに返事が出来ずに目を伏せ、手をもじもじさせるハヅキに同じようにしゃがみ込んだヒルデが明るい笑顔を見せる。
「大丈夫。僕たちも一緒にいてあげるから」
アッシュたちの目を見てハヅキは決意したように両手を差し出した。
「アッシュお兄ちゃん、ヒルデお姉ちゃん、手、繋いで」
目の前に出された彼女の小さく震える手にヒルデと顔を見わせる。怒られることを覚悟し、家を出て来たが、騒ぎを見て怖くなってしまったのだろう。
それでも昨日のように隠れずに勇気を出さなければと思ったが、あと一歩が踏み出せないのでアッシュたちに手伝ってもらいたいようだ。
それぞれ手を取るとハヅキはホッとして顔を緩めた。そして先導するハヅキに合わせて歩を進める。玄関まで来るとナデシコが慌てたように人と話しているとことだった。その人物は首を横に振り、彼女に礼をするとどこかへと歩いて行った。
話してしていた人物にハヅキの居所を聞いて知らないと言われたのだろう。
肩を落とすナデシコの背中を見てハヅキは唇を堅く真一文字に一瞬だけ結ぶが、すぐに意を決して口を開いた。
「…お母さん」
ハヅキの声が聞こえたのかナデシコはこちらを振り返ると駆け寄って来た。
「ハヅキ。昨日といい、貴方どこに行ってたの? 今も貴方がどこにいったのか色々な人に聞いていたのよ」
「あの、えっと」
勇気を出したとはいえ、いざナデシコに問い詰められると気後れしてしまったのかもしれない。目を潤ませ、どう答えればいいかと悩んでいるハヅキの手助けをすることにした。
「あまり怒らないであげてください。ハヅキちゃん、ナデシコさんの様子がおかしいことに気づいて自分なりに何とかしようとしていたみたいでなんです」
ナデシコにそっと耳打ちすると彼女は目を丸くした。自分では上手く隠しているつもりだったのだろう。実際、近くにいる人には気づかれていなかったのかもしれない。
だが、いくら取り繕っても大切な両親のことだからこそわずかな変化でもハヅキはわかってしまったのだ。
自分の前では普通の顔をしようとしている両親を見て余計にどうにかしたいと思い、鵺の主の言葉を信じてしまったのかもしれない。
「でも、どんな理由があっても心配させちゃったのは本当だからね。ごめんなさいしようか」
うつむいてしまったハヅキにヒルデが優しく声を掛ける。微笑む彼女を見上げるとハヅキは繋いでいた手を離し、涙を拭って頭を下げた。
「…ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝る彼女の姿からアッシュが言っていたことが本当だと察したナデシコはしゃがみ込んで目線を合わせると優しく微笑んだ。
「お母さんこそごめんなさいね、ハヅキ。
今度から出かける時は誰かに言ってからにして。心配してしまうから」
「うん」
ここ数日の間によく見たどこか悲しみを抑えた笑みとは違う、いつもの穏やかな母の表情にハヅキは元気よく頷くとナデシコに抱き着く。胸に飛び込んできた娘を彼女は愛おしそうに抱きしめ返した。
ハヅキに視線を向けていたナデシコはアッシュたちの方を見て口を開く。
「アッシュさんたちも家の中にどうぞ。まだおもてなしの準備が終わってないからハヅキも手伝って」
「は~い」
ナデシコに頼まれたハヅキは母の手を握ると嬉しそうに返事をした。どうすると言いたそうに顔を見て来るヒルデにアッシュは頷いた。神社を訪れたあとで行くと言ったのもあるが、早朝から戦闘続きで疲れているということもあり好意に甘えることにした。
「あ、そうだ。よろしければ、今夜泊って行ってください」
昨日も聞いた言葉にアッシュはすぐに答えることが出来ずに戸惑っているとそのことに気づいたナデシコが声を掛ける。
「大丈夫、何もしませんよ。たぶんね」
いたずらそうに口に手を当てて笑うナデシコは冗談を言っているつもりなのだろうが、戦っている時の彼女の姿がちらついたアッシュは笑うことが出来なかった。
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