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269 人ではない

 とりあえず、受け答えもハッキリと出来ているので体調の方も問題ないようで安心した。


「危ないからもう一人で来ちゃダメだよぉ」


 怖がらせないようにハヅキの頭を撫でながらヒルデが諭すが、彼女は顔を暗くした。


「…でも」


 鵺の主から言われたことが気に掛かって素直に頷けないのだろう。それだけ家族のことを大切に思っているのだ。そんな彼女の気持ちを利用した(ぬえ)の主に怒りを覚えたが、それを悟られないようにアッシュは優しく声を掛けた。


「少なくともハヅキちゃんのお母さんはもう悲しそうな顔なんかしないと思うよ。

 それより、君がまたいなくなったって今頃心配してるかもね」


 それを聞いてハヅキは恐る恐る首を傾げた。


「本当?」


「うん、本当。だから、一緒に帰ろう」


 アッシュが強く頷くのを見るとハヅキは返事をするように微笑み、彼の首に手をまわした。降りる気配がないのでこのまま彼に乗って山を下りる気なのだろう。

 最初は警戒されていたのに随分懐かれたものだと落とさないようにしっかりと彼女を抱きかかえながら思った。


 連理の杉の近くにある門の前まで来るとアッシュは振り返り、タカオカミが祀られている建物に向かって軽く頭を下げた。風に揺れる葉と共に微かに水の流れる音が聞こえる。この辺りに川などの水気はないはずなのに。


 まるでタカオカミがアッシュたちに礼を言っているかのようだ。笑みを浮かべる彼を不思議そうに見るハヅキに何でもないというように首を振ると後ろ髪惹かれながらも背を向けて門を潜った。




 三人で山を下りながらハヅキの色々なことを聞いた。彼女は実はおしゃべりだったようでアッシュたちに両親のことなどを楽しそうに話す。


「でも、よく考えたらここに一人来るって凄いね」


 ヒルデの言葉にハヅキは恥ずかしそうに頬を染めながら答えた。


「ここね、夏は涼しいんだよ。だから、お父さんとお母さんとね、何度か来たことあるの。でもね、大変だった」


「そっか、頑張ったねぇ」


 山道を登るのもそうだが、場所を知っていたとはいえ子供の足でここまで来るだけでも苦労したことだろう。ヒルデが彼女の行動を褒めると誇らしげにハヅキは微笑んだ。


「ねえ、ハヅキちゃん。この山に来ればいいって君に言ったのってどんな人だったのかな」


 ハヅキの話も落ち着いて来たようなので彼女をここに来るように唆した(ぬえ)の主と思われる人物のことを聞いてみることにした。アッシュの問いかけに彼女は困ったように眉尻を下げた。


「…わかんない」


「わからない、か。特徴とか何か覚えてることはない?」


 アッシュの問いかけに一生懸命に答えようとハヅキは険しい顔をして唸る。


「ああ、無理して思い出さなくてもいいよ」


 何か手がかりになればと思い聞いただけだったのだが、悩ませるつもりはなかった。ただでさえ、ここに来るまでに疲れているハヅキに無理をしないように声を掛けると彼女は首を傾げる。


「そうじゃなくて、人じゃなかったかもしれない」


「…どういうこと?」


「あのね、――」







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