266 連理の杉
浮遊感がなくなったと思えば白い霞みが晴れて来た。ハッキリと前が見えて来るとヒルデやアオイたちが驚いたような顔をして立っているのが見えた。一先ず全員いることに安堵し、改めて周囲を見回す。
「ここってどこなんだ?」
「知らない場所だねぇ」
圧倒されるほどに大きく立派な木々がアッシュたちを囲むようにして生えているのが見える。辺りには小さな社のような建物がいくつもあったが、そのどれも見覚えがない。自分がどこにいるのかわからず戸惑っているとアオイの声が聞こえて来た。
「あれは連理の杉だな。それがあるということは、ここはタカオカミが祀られている神社の奥宮か」
「連理の杉?」
聞いたことのない言葉にアッシュが首を傾けるとアオイは赤い門の近くにある二本、いや、一本の木を指さした。幹にはしめ縄が掛けられており、他の木にはない何かを感じる。
「連理は別々の木が一つになることを言うんだ。その中でも杉と楓の木が和合したものは珍しく、タカオカミが祀られている神社だけしか聞いたことがない。景色も見覚えがあるから間違いないな」
よく見てみると枝分かれした木の一つの葉は針のように鋭いのに対してもう一方はカエルの手のような葉をしている。その葉の特徴は杉と楓で間違いないだろう。
「じゃあ、ここが」
アッシュは木から目線を外し、改めて辺りに目を向けた。ゲンから話を聞いた時から来たいと思っていた場所にようやく来られたようだ。ホノイカヅチを鎮めたお礼としてヒノカグツチたちが送ってくれたのかもしれない。
鳥の声も聞こえないほど静かで緑の美しい葉を持つ木に囲まれるこの場所にはタカオカミを見た時に感じたのと似た厳かで近寄りがたいような雰囲気が満ちている。
風が少し吹くと葉が重なり合う音だけが響き、その度に木漏れ日の形が変化していく。ここだけ時間が止まっているのではと勘違いしてしまいそうになる光景に思わずため息が漏れた。
彼が景色に見とれているとアオイが格子状の扉で閉め切られた建物の方に歩くのが見えた。建物の前に来るとアオイは目を閉じる。声を掛けることが出来ずに見守っているとやがて満足そうに頷いた。
「龍穴へと流れる龍脈が正常に戻っている。間の世界への扉も消えていることだろ」
確かに、鳥居を覆っていたような黒い何か気配はなくなっている。
やはり、ホノイカヅチが原因であの世界の均等が崩れたことであのようなことになっていたのだ。アオイの言葉を受け、アッシュの周囲を見回していると彼が腕を組んで何か考え事をしていることに気づいた。どうしたのかと聞こうとした時、彼が口を開いた。
「だが、何故、氷の檻にオオカムヅミが」
アオイの呟きを聞いてヒルデは首を傾げた。
「? 何言ってんの嘘つき。あれ、桃じゃん」
アッシュたちがいたところからは遠かったが、氷の檻から落ちたのは桃にしか見えなかった。近くにいたアオイには別のものに見えたのだろうか。
「オオカムヅミはイザナミが放ったホノイカヅチに投げた桃の名だ。
桃は昔から神聖なものとされてきてな。イザナギはこれを投げたことでホノイカヅチを追い払い逃げられたとされている」
そんなものがどうして間の世界に生えていたのかという疑問はあるが、それよりもアッシュは気になることがある。
「鵺の主はその話を知っていたと思いますか」
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