259 雷ではなく
こちらを蔑むように揺れる蛇の向こうでうなだれるヒノカグツチの姿にアッシュが目を逸らせずにいるとアオイは話を続けた。
「タカオカミとミヅハノメはヒノカグツチの力が暴走した時のため、ここにいたといったところか。それでこの世界の平穏は保たれていた。
だが、何者かに二柱の水神が害されたたことでその均等が崩れ、瘴気が外に漏れ出るまでの事態になったんだろうな」
「それをしたのか鵺の主ということでしょうか」
「間違いないだろうな」
アッシュが思わず上を向くと鵺はホノイカヅチの攻撃が届かない安全なところでじっとこちらを見ていた。彼が見ていることに気づいているはずなのに微動だにしていない。
「本当に何がしたいんだ、鵺は」
鵺の誘いでここまで来たのにも関わらず、何かをして来ることはなく、ただ見ているだけだ。奥に行けば鵺の目的がわかるかもしれないと思っていたが、謎が深まっただけだった。
何もして来ないのならば一先ず気にしないでもいいだろう。鵺から目を逸らし、ホノイカヅチの方を向くと一体の蛇がうなりを上げていた。
また雷で攻撃して来るつもりだ。黒い雲が出来る前に倒そうと思い、近寄ると他の蛇が邪魔をするように襲って来た。攻撃を回避するとアッシュは敵の長い体に一太刀浴びせる。
刃を受けた蛇は真っ二つになったが、すぐに斬れた部分がくっついて元に戻った。それを見てもアッシュは焦ることなく冷静だった。
「やっぱり、再生するか」
この世界で戦って来たものは斬ったとしても再生するような敵ばかりだったので予想はついていた。普通では倒せないとわかったアッシュは深入りすることなく態勢を整えるために距離を取った。
一方、蛇の方は自分たちが斬られたことに驚いたのか雲を作っていたはずの敵も動きを止め、アッシュを凝視した。敵の注目が彼に集中している間にヒルデはすかさず近づくと戦斧を振って二、三体の敵を斬り裂く。
だが、先ほどの時と同じように斬られたはずの敵の体はすぐに元に戻った。
「もお、面倒ぉ」
突然現れたヒルデに不意打ちのような形で仲間が斬られたことで敵に動揺が広がる。
しかし、すぐに立ち直ると自分たちを傷つけた彼らに大きな口を開けて襲い掛かって来た。鋭い牙が迫って来るが、焦ることはなく二人は敵を迎え撃とうと武器を構える。
襲って来る敵の攻撃を避けていたアッシュは急に動きを止めた。それを見た敵は次々と彼を囲むように集まって来た。
自分たちに怖気づいて観念したのかと思い、舌なめずりをすると大きな口を開ける。
その瞬間敵の口の中にクズハの火の球が放られる。驚きで動きが止まった敵に火柱が次々と上がり、アッシュの周りにいた敵は炎に包まれた。それを見て呆然としている残りの敵を斬り裂くと火に巻きこまれないように避けたヒルデは遠くで険しい顔をして敵を見つめるアオイに問いかけた。
「でも、水神がいなくなったからってなんでこんなことになってるのさ」
彼の予想が正しければホノイカヅチはただイザナミに命じられてヒノカグツチを捕らえていただけのはずだ。二柱がいなくなったからと言って何故ヒノカグツチの力を利用しようなどと考えたのかが理解できない。
「ホノイカヅチの実態は雷ではなく、悪霊や魔物の類だという説がある。それが本当だとすれば監視役であり、邪魔な二柱がいなくなったことでヒノカグツチの強大な力を悪用しようと考えても無理はない。
もしかするとヒノカグツチの力を得たいホノイカヅチがこの場所に封じるようにイザナミを唆したのかもな」
まともな精神だったならばイザナミもその誘いに乗らなかったのかもしれない。
だが、愛する夫に拒絶され、怒りで我を忘れた彼女ならば自分たちの都合のいいように持って行くのも容易だったことだろう。




