255 労わるように
「…今度こそ倒せたのか」
まだおかしな気配はしているが、ムカデが放っていた異常なものはなくなっている。また復活するかもと警戒してしばらく様子を見ていたが敵が蘇って来ることはなかった。
大きく息を吐き、刀を鞘に納めると途端に意識していなかった疲れを感じ、アッシュは思わずその場に座り込んでいしまった。
「大丈夫、アッシュ君」
同じようにしゃがみ込んで目線を合わせ、小首を傾げるヒルデを安心させるために彼は微笑んだ。
「怪我はしてないんだけど、最後集中してたみたいだ。悪いけどもう少しこのままでいさせてくれ」
「そっか。良かった」
ホッとした表情を見せるヒルデに彼は先ほど抱いた疑問を聞いてみた。
「それより、何だったんだ、あの矢は」
今まで弾かれていたのに突然刺さったこともそうだが、あの矢には普通とは違う何かを感じた。そんなものを持っていたのならばもっと早く使っていたはずだ。
敵が直前に迫って来るまで矢を射なかったことも含めて何かあるのだろう。
「ああ、それね。僕にもよくわかんないんだけど、あの子が矢を食べたら浄化の力が宿ったんだって。そう嘘つきが言ってた」
ヒルデがあの子と言って指さす方にはぐったりして倒れ込んでいるミヅハノメがいた。その側にはアオイがいて労わるように背を撫でている。
体調が戻って来たアッシュは地面に手を突いて立ち上がると彼へとゆっくり歩いて向かった。
アッシュが来たのに気付くが彼はこちらを振り返ることなく、口を開いた。
「ミヅハノメの毒は抜けたようだ。だが、まだ起き上がるのは無理だな」
「アオイさんは大丈夫なんですか」
彼も今のミヅハノメのように動けなかったはずだ。平気そうにしているが、無理をしているのではないかと心配して聞いてみた。
すると彼は何故か問いかけたアッシュではなくヒルデを見ながら答えた。
「全快とはいかないが、少なくとも足手まといと言われないぐらいには回復した」
良く理解できずに首を傾げていると隣にいたヒルデが舌を出しているのに気付いた。どうやらアッシュがいないところでまた何か揉めたようだ。
そこまで険悪な様子ではないのでまた子供の喧嘩のようなことで言い争ったのかもしれない。何にせよ軽口が言えるほどに体調が良くなったのだ。よかったと胸を撫で下ろすと新たな疑問が浮かんだ。
「大百足が間の世界を歪ませた原因だと思いますか、アオイさん」
その質問にアオイは首を横に振ると未だ解けず、穴を塞ぐように鎮座している氷の塊を睨んだ。確か、鵺が逃げた方向はそっちだったはずだ。
「…あっちから大百足以上に悍ましい気配がする。原因は間違いなくこの先にあるな」
鵺が先に行ったことからもそうではないかと思っていたが、アオイも同じことを思っていたようだ。もしかしたら大百足は最奥で待ち受けている何者かの気配に惹かれてここに来ただけなのかもしれない。
「アオイさんが大丈夫なら行きましょうか。ずっとここにいてもどうしようもないので」
「さっきも言ったが、もう回復している」
不機嫌そうにこちらを見るアオイに笑いかけているとミヅハノメが頭を上げたのが目に映った。その透明な顔は心配そうにしているように見えた。
「起き上がるのも辛いんだから無理しちゃダメだよ」
優しくヒルデが撫でると理解したかのようにミヅハノメはうなだれた。もうムカデのようなものの気配が感じられないので回復するまでいてもここにいても問題ないだろう。
また何か言いたそうに視線を送るミヅハノメを横目にアッシュたちは氷の塊へと歩いた。
途中、ムカデが消えた場所の近くを通ったのでアッシュは手を合わせた。ミヅハノメの浄化の力で消えたのかもしれないが、戦って倒した相手に敬意を示す意味でもしておくべきだと思ったのだ。




