26 助けを呼べど姿は見えず
アメリアはあまりのことに言葉を失ってしまった。頭に昨夜のアッシュとの会話が蘇る。
――もしものときは、俺が囮になってアメリアたちを逃がす。
あのとき、アッシュは確かにそう言っていたが、まさか本当に自分たちを逃がすために囮になったというのか。
昨夜、彼に弱音を言わなければと後悔がアメリアの胸を締め付ける。
「みんな、アッシュくんが囮になってくれている間に逃げるんだ!!」
アメリアたちに叫ぶようにキースは訴えた。今なら他のブラックウルフのみならずリーダーもいたぶられるアッシュを見ることに夢中でこちらに気がついていない。
キースが言うように逃げなくてはとアメリアは思ったが、血を流すアッシュから目がそらせない。助けなくてはとも思うが、足がまったく動かない。
「アメリア、逃げるよ」
一向に逃げようとしないアメリアに焦れてキースは彼女の腕をつかんで動かそうとするが、動こうとしない。いや、動けない。
動かないアメリアをどうにかしようとキースが考えていると、背筋が凍るような鋭い視線を感じた。
視線の方に目を向けるとリーダーがこちらを見て嗤った。まるで次はお前たちだというような不気味な笑みだった。
今逃げてもブラックウルフたちは自分たちを追いかけてくるだろう。
また、嗜虐性の強いリーダーのことだ。逃げ切ったとキースたちが安心したところで待ち伏せし、襲ってくる可能性もある。
どちらにしろ、リーダーに目を付けられた自分たちは逃げられないことを悟った。
――ならば。
「僕がリーダーを引きつけるから、その間にみんなは逃げろ」
アメリアたちの返事を聞く前にキースは走り出した。
リーダーは剣を持った人間がこちらに向かってくるのに気がついた。
いたぶられてる人間を助けるためか、自分を倒すためかはわからないが、どちらにせよ、返り討ちにしてやろうと足を動かそうとした。
しかし、足が地面に縫い付けられたように動かない。
何故だと思い、足下を見ると何か粘着のあるものを踏んでいた。これが原因で動けないのだ。
足から剥がそうとするがなかなか上手くいかない。こんなもの、この森で見たことがなく、いつ踏んだのかわからないのもまたリーダーを腹立たせた。
いらついた彼がふと顔を上げると、いたぶられているはずの人間がこちらを見て笑った。
そのとき、言葉にならない悪寒がリーダーの体を駆け巡った。
まさか、こいつはこれを狙っていたのか。
いたぶられる人間を見るために自分が近くに来るのがわかっていたから、誘い出すためにわざと転んだのだ。
鞄の中身をばらまいたのも、粘着のあるこれが仕掛けられたことに気づかせないためだというのか。
本能が警告を告げる。こいつは危険。
ここで自分が殺さなければ。こいつを殺すのを他のものに任せる訳にはいかない。いや、それよりもこちらに向かってきている剣を持った人間をどうにかしなければ。
どちらにしてもこの足にくっつけているこれを剥がさねばと足を動かすが、初めて感じる焦りによりますます上手くいかず、なかなか剥がれない。
もう少しで剥がれるといった時、キースが剣を振り下ろした。
リーダーは抵抗できず、まともに彼の攻撃を受け、大きな声を上げ、横に倒れる。
しかし、命を刈り取るまでには至らなかった。
その目はまだ諦めておらず、キースを睨みつけ、口を大きく開けて吠えた。
まるで助けを呼ぶようなリーダーの咆哮が辺りに広がる。
他の仲間を呼んだのかとキースは警戒するが、いくら待っても何も起こらない。
木の葉が風でこすれる音が辺りに響くだけで驚くほど静かだ。
他のブラックウルフたちもアッシュをいたぶるのを止め、戸惑うようにお互いの顔を見合わせている。
戸惑っているのはリーダーも同じだった。
リーダーの自分がやられ、こうして助けを呼んでいるのに何故、誰も来ない。
訳がわからず目を見開き、ギョロギョロと眼球だけを動かし、仲間を探す。
しかし、他の仲間を見つけることができない。
何故、何故と答えがでないことを考える。その間に血は止めどなく流れ、考えることも出来なくなり、驚愕の表情のまま絶命した。
リーダーがやられたとわかったのか、アッシュをいたぶっていたブラックウルフは蜘蛛の子を散らすかのように逃げてしまった。
キースは逃げるブラックウルフを追いかけるようなことはせず、散らばっている無事なポーションを手に取り、アッシュに駆け寄る。
出血は多いが、ブラックウルフたちはいたぶるように攻撃をしていたので傷はそれほど深くなく、これならばポーションでも大丈夫だろうとほっと息をつく。
「アッシュ君、大丈夫かい」
アッシュに声を掛けながらポーションを使うキースの目は、倒れたリーダーの足に向いていた。足に何かくっついているのを見つけると、眉間にシワを寄せた。
しかし、アメリアたちが駆け寄ってくるのが見えると先ほどまでの苦虫をかみつぶしたような表情は消えていた。
危惧していたような被害もなく、『四本の白きバラ』は討伐を成功した。
ギルド本部も危険視していたブラックウルフの討伐を成し遂げたアメリアたちの実力を疑問視する声はなくなり、ティオルの街では彼女たちを英雄と称えた。
――アッシュただ一人を除いて。
次回から皆さまお楽しみ?の追放回になります。
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