244 本心の見えない笑み
「これは?」
アオイがいつも攻撃のために手に挟んでいる模様が描かれた紙のように見える。何故それを今、アッシュの目の前に突きつけるのか理解ができず、顔を上げて彼に問いかける。
「護符だ。俺が攻撃のために使っているのじゃなく、瘴気から身を守るためのものだ。肌身離さずに身に着けていろ。それでこの結界から出ても瘴気に冒されることはなくなる。
あと、お前たちを襲って来た奴らぐらいなら見つかることなく行動できるはずだ」
「えっと、受け取ってもいいんでしょうか」
そんなものをアッシュに渡すということは最奥への同行を許したと言うことなのだろうかと確認のために尋ねる。
「受け取るのならば覚悟しろ。この先に待っているのはお前たちを襲って来た連中とはケタ違いの奴だぞ」
言い方は悪いがどうやらアッシュたちに自信がないのなら手に取るなと忠告しているようだ。目の前の出された紙を躊躇うことなく受け取ると礼を言った。
「ありがとうございます、アオイさん。
あ、そういえば、自己紹介していませんでしたね。俺はアッシュで、一緒にいる女性がヒルデです。よろしくお願いします」
「…律儀なやっちゃな」
アッシュが受け取ったのを確認するとアオイはばつの悪そうな顔をして返事をした。さっさとヒルデにも渡そうと思いアオイがそちらの方へ向くと途端に顔を顰めた。
どうしたのだろうとアッシュも彼の見ている方を見るとヒルデがクズハと楽しそうに戯れているのが目に映った。
どうやら、クズハの手を取った後ずっと遊んでいたようだ。二人に見られていることに気づくと彼女は明るい笑顔を向けた。
「あ、僕もそれ、受け取ればいいんだね。わかったぁ」
その笑みを見るとアオイはガックリと肩を落とす。
「緊張感言うんがないんか」
「むぅ、もしかして嘘つき、僕の悪口言ってる?
ひどいよぉ。ねぇ、ワンちゃんもそう思うよね」
少しすねているようだがあまり気にした様子もなく、嬉しそうに再びクズハの両手を握って遊んでいる。クズハの方もまんざらでもなさそうな顔をしているようだ。
「そやから、クズハは狐やて言うとるやろうが」
ヒルデに言っても直す気がないのだとわかっているのだが、どうしてもそこは許せないのだろう。苛立ったように言うアオイを無視して彼女はアッシュの方を見た。
「あ、そうだ。アッシュ君、あのおっきなネコちゃん、あんまり可愛くなかったね」
この状況でいうことではないだろうと思い、アッシュは苦笑した。
ヒルデのいうネコと言うのはおそらく鵺のことだ。ずっとそのことを言いたかったのだが、色々あって今まで忘れていたのかもしれない。
「だから、そういっただろう」
虎の体と聞いて彼女は寺に置かれていた狛犬を想像しており、アッシュにいくら言われてもそうだと信じていたようだ。
それが実物を見たことでようやく彼の言うことが正しいのだとわかったのだ。
「でも、お手々は大きかったから肉球フニフニしがいがありそう」
クズハの手をマッサージしながらヒルデはキラキラした笑顔をアッシュに向けた。今度鵺の姿を見たら肉球に触れようと企んでいるのかもしれない。
「それは諦めてないんだな。まあ、触れたらいいな」
どこまでも呑気な二人のやり取りを見てアオイは呆れたようなため息を吐いた。
「…自分らこの状況で何いちびってんねん。情緒おかしいんか」
兄を殺そうとしているアッシュを話が通じないイカれた奴だと彼は思っていた。
いざ会話をして幼い子供の身を案じている姿などを見ているとそんなことないのかもしれないと思えてきた。
だが、緊張感の欠片もないヒルデを怒るでもなく普通にやり取りしている所を見て、やはりまともな奴ではないのかもしれないと思い直した。
今更ながら彼らの同行を許したのは間違いだったのだろうかと後悔が押し寄せる。
しかし、最奥にはアオイとクズハの力だけでは到達できないのは事実だ。彼らの強さはキョウガ島で対峙した時に知っているのでそこは心配していないが、本当に大丈夫だろうか。
不安に思いながらアオイがふと顔を上げるとこの世のものではないかのように赤黒い空が目に映った。それを見ながら先ほど脳裏を過ぎった考えを否定する言葉を呟いた。
「まさか、ちゃうやんなぁ」
自分に言い聞かせるように言ったが、本心が見えないユカリの笑みがアオイの中から消えることはなかった。
いちびる:ふざけて調子に乗ること
いつも応援ありがとうございます。ストックがなくなったので一週間ほど休ませていただきます。
再開は11月22日 0:00からになりますのでよろしくお願いします。




