241 瘴気
「あ、そうだ。先ほどアオイさんは植物もないと言いましたが、俺たち、敵に襲われる前に桃が実っているのを見ました。ここでもぶどうがなっているようですが、これはどういうことなんでしょうか」
アッシュの問いかけにアオイは黙ったまま考え込むように腕を組んで呟いた。
「桃にぶどうね。黄泉平坂で怒り狂うイザナミが放った敵に向かってイザナギが投げたものばかりだな」
「…イザナミ?」
何故、その名前が出るのかと疑問を持ったが、アオイは独り言のつもりだったようでそれ以上は何も言わずに首を横に振った。
「いや、何でもない。
ここだけ空気が清浄みたいだからな。それで生えているんじゃないか。もしくは生えている植物が特殊なだけか。まあ、本当のところは俺もわからないがな」
確かに桃があったところもそうだが、ぶどうがあるここも腐敗臭がない。それに加えて生きた物に反応するはずの敵に食い散らかされていないことからもここは特殊な場所なのかもしれない。
そんなことをアッシュが考えているとヒルデがむくれた表情をしてアオイに尋ねた。
「そもそも、何でこんなところに嘘つきはいんのさ」
「ずっと気になっていたが、その嘘つきというのは何だ。俺がいつ嘘を吐いたというんだ」
「いつって港にいた時に龍神のこと言ってたけど、あれ嘘だったじゃん。
本当は苦しんでたのに怒ってるなんて言ってさ」
彼女の言葉を聞いてアオイは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「は、俺は荒れ狂っている姿が見えたといっただけだ」
「ああ、そういえば、そうですね」
フクハラでの出来事を思い出してみると龍神が怒っているといったのはアオイが話していた相手だった。彼自身はそんなこと一切口にしていない。
「屁理屈じゃん、それぇ。アッシュ君も納得しちゃダメだよぉ」
素直にアオイの言うことに頷くアッシュにヒルデは頬を膨らませた。
「先ほどの答えだが俺は調査のためにここに来たんだ。最近、ここら一帯の龍穴へと流れるはずの龍脈が乱れていると報告を受けてな」
「龍脈?」
式神に続き知らない単語が出てきたので聞き返すとアオイは嫌な顔をせず説明してくれた。
「龍脈は陰陽道における大地が持つ気の流れのことだ。龍穴はその気が集まるところだな」
馴染みのない考えや言葉ばかりで理解するのは難しいが、余計なことを言うのは止めて彼の話に集中した。
「フクハラに行く前からずっと調べていたんだが、なかなかわからなくてな。ウエノ都に帰ってからも随分と奔走した」
アッシュたちはフクハラからウエノ都に行くまでの間にアオイが襲って来るかもしれないと構えていた。実際は何も起きずに肩透かしを食らっていたが、話を聞いているとあの時、彼はそんなことをしている暇などなかったようだ。
「数日前になってようやく暗部山の神社にある龍穴の辺りが中心になって乱れていることがわかり、来てみたら異常な瘴気が漂っている上に普段は隠れているはずの間への入り口が現れていたわけだ。
ああ、瘴気は穢れた気のことで少しでも取り込んでしまうと体に不調が現れて段々動けなくなる。お前たちも覚えがあるだろう?」
ここに入ってから感じていた頭痛や謎の疲労などの症状はその瘴気に冒されたからだったのだ。アオイの話を聞いていると後先考えずにここに入ったというアッシュたちの行動に彼が呆れたのも無理はないように思えた。




