240 助けた理由
怒りを堪えているアオイを苦笑しながら見ているとヒルデがアッシュの袖口を引いた。
「ねぇ、アッシュ君。そもそも君を殺そうとしてた奴の言うことなんて信じられると思う?」
「だけど、危ないところを助けてくれたんだぞ」
あのまま倒れていたら二人とも鎧兜の集団に殺されていただろう。アオイが助けてくれたからこうして無事なのだ。
「それがおかしいんだよ。
だって、本当にアッシュ君をやっちゃいたいなら放っておけばよかったじゃん。
なのに、僕たちを見捨てるどころか助けるって、なんか企んでるか、嘘ついてるに決まってるよ」
言われてみれば、確かにそうだ。
アッシュを殺そうと思っているアオイからしたら倒れた彼らを助ける理由などない。
むしろ、そのままにしておけば自分の手を汚さずに始末できたのだ。何故そうしなかったのかとアッシュが考えていると黙って会話を聞いていたアオイが口を開いた。
「俺だって助けたくはなかった。でもな、ただでさえ生者がこんなところに入り込むだけでもまずいのにその中で人が死んでみろ。ただでさえ不安定なここの世界の均等が一気に崩れてどうなるかわからなかったから助けただけだ」
言葉の意味はわからないが、どうやら彼にはアッシュたちを見殺しに出来なかった理由があるようだ。口調からしても彼はこの場所に詳しいようだ。
「アオイさん。改めてお聞きしたいんですが、ここはどういった場所なのでしょうか」
尋ねられた彼は暫し口を閉じたままこちらをじっと見ていた。一切たじろがないアッシュたちを見て話さない限り引かないと察してようやく答えた。
「…現世と幽世の間の世界だ。ここにいるのは生者でも死人のどちらでもない者かそれを超越した存在だけで草木さえも生えない場所だ」
「全然意味わかんない。
じゃあ、僕たちを襲って来たアイツらは何だったのさぁ」
腐り落ちた目や生きているとは思えないほどの青白い肌など敵の兜の下に隠された顔を見たアッシュはアオイの言葉をすぐに理解することが出来た。
しかし、それを見ていないヒルデはわからないといった顔して頬を膨らませている。
「さっき言ったが、どちらでもない半端者だな。ここは死の概念がないために生きてはいないのに死ぬことも出来ないという憐れな存在だ。お前たちを襲って来たのもここにはいないはずの生きたものを取り込めば自分たちが生き返るとでも思ったのかもな」
それを聞いて納得した。兜が脱げた敵がアッシュを執拗に噛みつこうとしてきたのはそういうことだったのだ。竹に夢中になっていたのも同じ理由であの時、彼が思っていた通り食べようとしていたのだろう。
「お前たちを追って来た奴らは俺とクズハの炎で倒したが、死ぬことはないからすぐに復活するだろうな」
「え、じゃあ、アイツら、僕たちかそこの果物の匂いにつられてここに来るかもしれないってこと? こんな風にのんびりしてる場合じゃなくない?」
すぐ逃げようとして立ち上がろうとするヒルデをアオイは制した。
「落ち着け。ここは俺が結界を張っているから安全だ。
そうじゃなければ悠長にお前たちと話をしているわけがないだろう」
ヒルデは信じられないと顔を顰めるがアオイに気にした様子はない。少し、彼女の言動に慣れてきたのかもしれない。
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