239 式神
おそらく、彼はヒルデのような誰が相手でも物怖じしない人物に出会ったことがないのだ。そのためにどう対処していいのかわからず頭を抱えているのだろう。
彼の反応に意味がわからないという顔をしてヒルデは首を傾げる。
流石にこのままでは可哀そうなのでアッシュは先ほど彼がした質問に答えることにした。
「実は――」
アッシュが話し始めるとアオイはいつの間にか顔を上げると腕を組んだ。不機嫌そうにしているが話は真剣に聞いているようで時々相槌をしていた。全て話し終わると彼は呆れたように大きなため息を吐いた。
「じゃあ、自分らはその女の子を助けるためにここがどこかもわからんと入ったと、そういうことか。阿呆なんか」
「むぅ、アホってひどくない?」
「まあ、でも確かに考えなしの行動でしたね」
頬を膨らましてむくれているヒルデを横目にアッシュは彼に同意するように頷いた。助けなければという感情だけで動いたのでそれ以外何も考えていなかったのだろうと言われても否定できない。
「ですが、時間が戻ったとしても俺は同じことをすると思います」
入る前に出来ることがあったのではないかと冷静になった今なら思うこともあるが、後悔はしていない。
「…さよか」
頬杖をつきながらアオイは目を伏せながら呟く。ヒルデとの会話により憤りと困惑が入り混じっていた瞳は大分落ち着きを取り戻したようだ。
「確認なのですが、あの鵺は本当にアオイさんが差し向けたものじゃないんですね」
思いもよらない質問にアオイは一瞬目を見開くが、すぐに首を横に振った。
「俺じゃない。もしかしたら、その鵺、誰かの式神なのかもな。
主に指示された通りのことをしているのだとすれば、奇妙としか思えない行動にも説明がつく」
「式神?」
聞いたことのない言葉に疑問を感じているとアオイは側で大人しく待っていた狐の頭を優しく撫でる。
「陰陽師が使役する霊や妖怪のことだ。クズハがそれだな。
式神は命令を忠実に熟し、万が一傷ついたとしても主が無事ならば力を籠めることで何度でも復活する」
「あ、そういえば、尻尾が戻っていましたが、あれはそういうことだったんですね」
それを聞いてキョウガ島でのことを思い出した。あの時、アオイが何かするとアッシュが斬ったはずの尻尾が蘇ったのはそういうことだったのだ。今も何事もなかったかのようにゆらゆらと左右に揺れる九本の尻尾に顔を向けるとクズハと目が合った。クズハは彼が自分を見ていることに気が付くとすぐにプイっと視線を逸らした。
「なんか嫌われてんねぇ、アッシュ君」
「…まあ、仕方ないだろうな」
クズハは自分の尻尾を斬った相手を覚えており、許せないのだろう。たとえ、アオイの命令でアッシュたちを襲って反撃された結果なのだとしても。
「アッシュ君は悪い子じゃないよ。仲良くしてあげて。ね、ワンちゃん」
ヒルデの呼びかけにクズハは耳をピクっと動かすが、こちらを向くことはなかった。
「クズハは狐だ。犬じゃない」
「どっちも可愛いワンちゃんじゃん。んべぇ」
アオイは訂正をするが、直す気がないヒルデは舌を出して反発する。その姿を見て彼は怒りを抑えるように拳を握った。ここで言い返しては子供の喧嘩のようになると思って堪えているのだろう。ヒルデが彼を嫌っているということもあるが、この二人は根本的に相性が悪いのかもしれない。




