234 悪役の捨て台詞
「こっちに向かって来てるのか」
「しかも、数多くない?」
まだ距離があるのでアッシュは周囲を警戒するのを一旦止め、鵺の向こうにいるハヅキに再び目を向けた。彼女の安全を確保せずに戦いを仕掛けることなどできない。それに加え感じたことのない体の重さでいつものように動けないので今は戦闘を避け、彼女を連れて逃げるしかない。
そう決意して彼女のもとに行こうとしたのだが、邪魔をするように鵺が立ち塞がる。
「ちょっと、どいてよぉ」
ヒルデも横を抜けようとするのだが、鵺は彼女も同じように先に行かせないように邪魔をしている。そんなことをしている間に嫌な気配がどんどんこっちへ近づいてきている。
それにつれて辺りを漂う腐敗臭が強くなっている。
そのあまりに不快な臭いに我慢できず口元を覆いながら後ろを振り返ると腰に刀を携えた鎧兜の集団が歩いてこちらに向かって来るのが見えた。何者なのかはわからないが、先ほどから感じている気配からしても敵であることは間違いないだろう。
「…仕方がないか」
手を伸ばして鵺へと構えるのだが、刀がやたら重く、頭痛もひどいので狙いが定まらない。ヒルデも戦斧を手に取っているのだが、その腕は震えていた。恐怖ではなく、調子が悪いことで武器を持つのもやっとなのだ。お互いがこんな状態では満足に戦えるはずがない。
しかし、ここで鵺を倒さなければハヅキはもちろん、アッシュたちもどうなるのかわからない。背後から向かって来る集団が着く前に終わらせなければと思った時、鵺が紙を咥えていることに気が付いた。
何かするつもりかと警戒していると鵺が咥えていた紙をアッシュたちの方に投げてきた。宙に舞う紙が突然光を放ったかと思うと彼らの前に氷の壁が出来ていた。
「なにこれ。アイツの魔法?」
「…いや」
おそらく、咥えていたあの紙に氷の力が込められており、投げることで発動したのだ。
何故そんなものを鵺が持っていたのかは謎だが、それ以上に気になるのは紙に描かれていた模様だ。アッシュの記憶が間違っていなければ、あれはアオイが攻撃する時に使用していた紙に描かれていたのと同じだった。
「本当に、どうなってるんだ」
アオイが何らかの方法で鵺を操っているのかと一瞬疑った。
だが、彼ならばそのような回りくどいことはしない。挑んで来るなら正面からのはずだ。
ならばあの紙は誰がと考えていた時、透き通った氷を通して鵺がハヅキを再び背に乗せて逃げているのがアッシュの目に映った。
「しまった!!」
すぐに追いかけようと壁を破壊するために刀を振った。
しかし、刀を持つものやっとの体では分厚い氷に傷一つ付けることはできなかった
「堅すぎじゃない、これ」
戦斧を氷へと振るヒルデも同じような状況のようだ。二人が悪戦苦闘している間も鎧兜の集団の足音は段々こちらへと近づいてきている。遭遇する前になんとか壁を壊そうと奮闘するが、言うことを聞かない体では氷をわずかに削ることしかできなかった。
「ダメか」
何度刃を受けてびくともしていない壁を見て万全な状態ならば壊すことが出来たのにと痛む頭を押さえてアッシュは悔しそうに唇を噛んだ。
「このままこうしていても埒が明かない。諦めて他の道に行くか」
刃を鞘に納めて提案するとヒルデは戦斧を持ったまま眉を寄せる。少々葛藤していたようだが、すぐに武器を背負って頬を膨らませる。
「元気だったらすぐ壊してたのにぃ」
破壊できなかったことに未練があるのかヒルデは不満そうに呟く。
「調子が良くなったらまた挑戦すればいいだろ。ほら、行こう」
彼女はむくれたままアッシュに続いていたが急に氷の壁の方を振り返った。
「もお、今日のところはこれで勘弁してあげるけど次はこうはいかないんだからね!!」
「…悪役の捨て台詞みたいだな」
叫んだ言葉からしても本当は壊すまでヒルデはここを動きたくなかったのだ。
しかし、冷静になって状況を見るとすぐに諦めると決めた。普段は何でも感情を表に出すのにこういう大事なときに自分を抑えて正しい判断ができるところが、彼女が強い理由なのだろう。
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