231 くすむ朱色
意識がなく、ぐったりとした様子なので見えにくかったが、鵺の背に覆い被さっているのは間違いなくハヅキだった。
「何で」
予想も付かないことの連続で混乱しているアッシュの頭にハヅキの言葉が過ぎった。
――お父さん、最近悲しい顔しててね。それで、お母さんも悲しそうにしてたの。
だから、私が何かしてあげたらなって思ってたら、あそこに行ったらいいよって言われたの
あの時はハヅキの言うことがあまり理解できなかった。
だが、今ならわかる。あれは『イザナミ』のことを聞いて暗い顔をするミノル、そして彼を心配するナデシコのことを言っていたのだ。
両親の様子がおかしいことを察した彼女がどうすればいいのかと悩んでいる時、誰かにこの山に行くようにと唆されたようだ。
もうナデシコの件は解決したが、そんなこと知らないハヅキはアッシュたちとは別の道を使って昨日と同じようにしてここまで来た。
その後、何があったのかわからないが鵺に襲われて今のような状況になっているのだろう。
ハヅキを背負ったままそこから動かない鵺と睨み合っているとヒルデが尋ねた。
「ねぇ、アッシュ君。アイツ、危険はないんだよね」
「そう、言ってたんだがな」
少年の稽古に付き合っていたことから、人を見ればすぐに襲い掛かって来るような知性がない獣ではないと思われる。今も彼らを試すような目で見ていることからも間違いない。
何か意図があるのかと真意を探っていると鵺はアッシュたちに背を向けて神社へと走って行った。
「追いかけるぞ」
「うん」
鵺にどんな考えがあるのかはわからないが、ハヅキが連れ去られるのを見て放っておけるわけがない。すぐにそう判断した二人は彼女を背中に乗せて逃げる鵺を追いかけた。
鵺はアッシュが崖を登ったりせずに整えられた道を行く。姿を見失わないのでそれはいいのだが、必死で走っているのにいつまで経っても距離が縮まらない。
「やっぱり遊ばれてるのか」
まるで鵺と初めて会った時のようだと感じていた。
だが、アッシュたちがついて来ているのかを確認するように鵺が何度か振り返ることから、あの時とは違う考えがあるのだろう。
それが何なのか考えても答えなど出るはずもないので悩むのは後にして前を走る鵺を追いかけることだけに集中した。
しばらくすると緑の木の葉から覗く朱色の鳥居が目に映った。いつの間にか神社の近くまで来ていたようだと遠目で見ていると様子がおかしいことに気が付いた。
神々しいはずの朱色はくすみ、鳥居の向こうが見えないのだ。代わりに禍々しい黒い何かが辺りをうごめいている。
驚きで動きを止めてしまったアッシュたちを横目に鵺は躊躇いもせずに鳥居の中に入って行ってしまった。
「…これ、ダンジョンの入り口なのかなぁ」
最初と比べて明らかに強くなっている妙な気配と臭いに顔を顰めながらヒルデが問いかける。
「いや、確かに嫌な気配はするが、あの独特の感じがない。
ダンジョンではないな」
だが、ダンジョン以上に不気味な存在感を放っている様子からしても中に入れば無事では済まないだろう。
「でも、行くしかない」
連れ去られたハヅキを取り戻すためには危険だとわかっていても飛び込むしかないのだ。いつでも戦えるように警戒しながらアッシュたちも鳥居を潜った。




