24 撤退しよう
本日二回目の投稿です。
ブラックウルフのリーダーはモヤの影響が出ない距離まですばやく下がったので被害に遭わなかった。
しかし、思わぬ出来事により、獲物から目をそらしたため、姿を見失ってしまった。
香辛料が目や鼻に入ったことで転げまわり、自分へ助けを求める味方を冷たい目で見ると、前足を振り下ろした。
他のブラックウルフが何かを言う前に何度も前足を振り下ろし、後には物言わぬ骸が周囲に転がっていた。
せっかく人間が惨めに死ぬところが見られると期待したのに、役に立たない奴らだ。そう言わんばかりの表情をしてリーダーはつまらなそうに鼻で笑った。
先ほどまでの興奮が冷め、踵を返そうとした時だった。何者かの殺気を感じ、顔を上げるとアメリアがすぐそばまで迫ってきていた。
こちらへ振り下ろすアメリアの鋭い剣を躱すが、わずかに斬られたようで、切り傷から血が滴る。
リーダーは彼女を睨め付ける。彼女も目を離すまいと睨め返した。
どちらも動きがなく、しばらく睨み合っていると、リーダーが大きく舌打ちをしたと思うと距離をとり、あっという間に姿を消した。
ミントがこちらに助けを求めているのが見える。
しかし、ブラックウルフたちに邪魔されて向かうことが出来ない。どうすることも出来ない。悔しさに唇を噛むと視界にミントのほうへ走っているアッシュの姿をとらえた。
そして、その向こうに恐怖におびえるミントを楽しそうに嗤うリーダーの姿も見えた。
その姿を見たときに目の前が真っ赤になるほどの怒りを感じた。
アッシュならミントの周りにいるブラックウルフをなんとかしてくれる。なら、自分がリーダーを倒す。
気がつくとリーダーのほうへがむしゃらに走り、剣を振り下ろしていた。
「もう少し、だったのに」
気配の消えた方を睨み付けながらアメリアは呟いた。
「アメリアさん、こちらに」
どこからかマリーナの声が聞こえた。辺りを見渡すと、草木で生い茂っている所からこちらへ手を振っているのが見えた。
周囲にブラックウルフたちの気配はないかと、気を付けて手の方へ向かうとマリーナたちの他にキースの姿もあった。
「キースがここにいるってことはあのまだらのブラックウルフを倒せたの?」
アメリアの問いにキースは首を横に振る。
「いや、あの後、まだらのブラックウルフが何か合図をしたと思ったら、全員いなくなったんだ」
アメリアがブラックウルフたちと戦うことを放棄し、リーダーのもとへ走っていくのを見てキースは止めるように叫ぶが、怒りで頭に血が上った彼女には聞こえず、そのまま走り去ってしまった。
二人でも抑えるのに苦労していたのに、一人ではと考え、キースは背後に飛び、ブラックウルフたちと距離をとる。睨み合いながらどうすればいいのかと彼は考えを巡らせた。
しばらく睨み合っていると、まだらのブラックウルフがリーダーの方に顔を向けたと思うと小さく声を上げた。その声を聞くとブラックウルフたちが顔を見合わせ頷き、どこかへ消えてしまった。
何故と疑問に思ったが、同時に助かったと思わず脱力してしまう。
キースは高ぶった気を落ち着かせるために深く呼吸しているとマリーナの声が聞こえた。声のする方向に行くと彼女たちが隠れるようにして肩を寄せ合っていた。
周りにブラックウルフの気配もなく、彼らはこれからどうするかを相談していた。
「ミント、古代エルフ魔法を使えるだけの魔力は残ってる?」
キースの質問にミントは力なくうなだれた。
「魔力ポーションのおかげで回復したけど、古代エルフ魔法を使うには足りないし、なにより心が乱れた状態では使えない」
古代エルフ魔法が負けたという屈辱、ブラックウルフたちに襲われそうになった恐怖もあり、最初のように落ち着いて詠唱が出来るとは思わない。そんな状況で古代エルフ魔法を使おうとしても発動すら出来ないかもしれない。
キースはそうかというと考えるように口に手を当てる。
「マリーナは、どうだい?どれくらい魔力が残っているのかな」
「そう、ですね。私も魔力ポーションで回復はしていますが、万全とは言えません。
結界をこうして張り直して、維持することで精一杯で、今の結界の強度はどうしても最初のものより劣ります。
それに加えて、キースさんたちの防御を上げる魔法まで維持し続けるとなると難しいかと」
防御を上げる魔法などバフと呼ばれる魔法は一度使えば一定時間持続する。
一方、結界の維持には常に魔力を削る必要があり、魔力の消費が激しい。
しかし、ブラックウルフたちに、いつ襲われるかわからない今は結界を途切れさせるわけにはいかない。
「アッシュ君、ポーションはどれぐらい残っているのかな」
「回復、魔力ともにまだ残っている、だが」
アッシュがミントとマリーナの二人に視線を向ける。
二人の顔には疲労の色が濃いことがうかがえる。
ただでさえ魔法を使う際に精神を削るのに、冒険者ギルドの報告より明らかに多い討伐対象、結界を破壊するほどの魔法を使うブラックウルフの存在など予想外の出来事がより二人の精神を疲労させているのだろう。
アッシュの顔を見て、うなずくと何かを考えるようにキースは目を閉じた。
キースも二人の疲労に気がついているのだろう。閉じた目を開けると、力強くアメリアたちに言い聞かせるように言った。
「…そうか、なら、撤退しよう」
明日からはまた1日1回0時に投稿するのでよろしくお願い致します。
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