222 少年の正体は
「…下にいたよな、俺」
階段を下りて彼と手合わせしていたのは間違いないはずなのにと困惑するアッシュの後ろからヒルデの声が聞こえてきた。声がする方を向くと彼女が階段を上ってこちらに来るところだった。
「また消えたからびっくりしたよぉ。もお、アッシュ君のドジっ子」
今回消えたのはヒルデの方なのに何故かアッシュがドジっ子認定されてしまった。理不尽だと思ったがヒルデを探さずに少年の方を優先してしまったのは事実なので申し訳なく思いながら頭を掻く。
「あれ? 何かアッシュ君、すっきりした顔してるね」
突然、アッシュの顔を覗き込みながら不思議そうに首を傾げる彼女に先ほどのことを話した。全て聞き終わると彼女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、よかったね。その子に会えて」
「ああ。ヒルデもありがとな」
良い武器を手にすると自分自身も強くなったと勘違いして思い上がる者もいる。『イザナミ』に選ばれたからと言ってそんな者たちのように奢ることなく、研鑽し続けなければとアッシュは改めて思った。そう思えるのはヒルデやシゲルなど自分を信じてくれる人がいてくれるからだ。
「それより気になったんだけどさぁ、その子ってなんて名前なの?」
「…あ」
少年とあんなに色々話したのにヒルデに指摘されてようやく自己紹介すらしていなかったことに気づいた。自分の迂闊さに肩を落としていると先ほどのヒルデの言葉に違和感を覚えた。
「それより、俺がまた消えたってなんだ? 消えたのはヒルデの方じゃないのか」
この前来た時はアッシュがいつの間にか見知らぬ場所に飛ばされていたので彼が消えたというのはわかる。
だが、今回はヒルデの姿が見えなくなったのだ。ドジっ子などと言われたことでつい流してしまっていたが、この供養塔の近くにずっと居たのに彼が消えたというのはおかしいのではないだろうか。
「え? どっか行ってたのはアッシュ君の方だよ。
僕、ここから動いてないもん」
それを聞いてアッシュはすぐに辺りがまだ暗いことに気が付いた。朝早くに来たとはいえ、少年と長い時間手合わせしていたので昼などとうに過ぎているものと思っていた。
しかし、彼の目に映る太陽は今、ようやく昇り始めているところだった。彼と一緒にいた時は天高くにあり、眩しいほど地面を照らしていたはずなのに。
「…あれってこの山のどこかに飛ばされてるってだけじゃなかったのか、もしかして」
そうだとするとアッシュが飛ばされたのは過去なのか、それとも未来だったのだろうか。
もし、過去なのだとするとあの少年はまさか。
「消えた、か」
手合わせしていたあの青年はまるで煙のように姿を消した。彼は自分の願望が産み出した幻か、はたまたこの山に住まうという天狗だったのか少年にはわからない。
だが、満足いくまで打ち合ったことで久しく感じることのなかった充実とした気持ちと長年の憂いを払う新しい選択肢を得たことだけは確かだ。
見慣れたはずの景色も違うように思え、清々しい想いで山を下りると聞き覚えのある声に呼びかけられた。
「お、こんなところで何してんだ、シゲ」
振り返ると彼が予想していた通りの自分と同じ年ほどの少年がいた。
「ゲンか」
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