221 雲間から覗く太陽
「つまり、今貴方が持っているそれが、この国に来てから大層な業物だと知ったことでその刀を持つ責任の重さの意味を認識して尻込みしてしまった。
それに加えて、貴方がそんな風に悩むのを知っていたはずなのに何も言わずに託してくれた先生という方の意図がわからず、自分が本当にその刀に相応しい人間なのか考えてしまったと。そういうことでしょうか」
『イザナミ』に本来の持ち主がいるなど詳しいことは説明せず、簡単に話しただけなのだが、彼は理解してくれたようだ。
「その通りです」
シゲル本人に確認しない限り解決されることはないのだから割り切らなければいけないとわかっているのだが、こうしてふとしたことで思い出してしまう。
ミノルと会ったことで心が不安定になり、余計に気になるのかもしれない。
アッシュが太陽を隠す分厚い雲をぼうっと見ていると何か考えていたような仕草をしていた少年が口を開いた。
「若輩者な私ですが、数回手合わせしただけで貴方がその刀に相応しいほどの強さを持っていると感じました」
「…俺はそんな凄い人間ではないですよ」
褒めてくれるのは嬉しいが、それは彼がまだ狭い世界しか知らないから言えるのだ。
一度外の国へ行けば、その考えは簡単に覆させられることだろう。
否定的な返答をしたにも関わらず、彼は嫌な顔一つせずに首を横に振った。
「人を惹きつけるような素晴らしい刀と言うのは主を選びます。確かに、貴方より強い人はいるかもしれませんが、その刀が選んだのは貴方なんです。自信を持っていいのでは」
その言葉にアッシュの心がわずかに揺れ動いた。それがわかったかのように口角を上げて大人びた表情をする彼にシゲルが重なる。
「貴方はその刀が持つ責任の重さの意味を正しく理解し、その上で誰かのために躊躇うことなく刃を振れる人です」
その言葉を聞き、少年と初めて会った時のことを思い出した。女性が人間ではないと判断するとアッシュは『イザナミ』の柄に迷うことなく手を伸ばした。
その時、あんなに感じていたはずの重さはまったく感じなかった。
自分が無意識にしていたことを言い当てられて何も答えられずにいるアッシュを気にすることなく、彼は続ける。
「そう信じていたからこそ、命と同じほどに大事な刀を貴方に託したのではないでしょうか。
少なくともその先生はそう考えていたと私は思います」
少年はシゲルではないはずなのに、まるで本人に言われたかのように錯覚してしまう。
だが、彼なら本当にそう言いそうだと今なら素直に頷けた。
――君になら託してもいいと思ったってことでしょ
あの時、心に余裕がなかったのでヒルデの言葉を深く考えずに流してしまったが、少年と同じことを思って彼女はそう言ってくれたのだろう。
アッシュは立ち上がると雲間から覗く眩しい太陽に刀を翳す。それに答えるような『イザナミ』の鼓動に身が引き締まる思いがする。
彼と話さなければずっと悩み続けていたかもしれない。
「そういってくれる人たちの信頼を裏切らない人間でありたいと思います。
ありがとうございました」
手にした刀を腰に携え直して少年の方を向いて礼を言ったのだが、いつの間にか彼の姿は消えていた。代わりにあるのは英雄の供養塔だけだった。




